複雑な3
気を使って色々と用意してくれたジークには申し訳ないけど、なんだろう、胸の内側がもやもやする。今まであまり感じたことのない、嫌な感情が渦巻いてくる。
「あれ、もしかして凌に苦いの当たった?」
ジークに言われ、ハッと顔を上げる。
「凄く不味そうに食べてるんだもん。手作りだから偶に焦げたのが混じったりするんだよね。美味そうなのだけ食べてよ」
「あ、いや」
顔に出てしまっていた。
クッキーは本当に美味しくて、苦みなんて全然ないのに。
「あの、そろ、そろ。じ……時間なんで。これ以上はちょっと」
口元が引きつっているのがわかる。
本当に俺、どうしたんだ。いつもなら気持ちが顔に出ることなんてないのに。
「そんな。まだもう少し、大丈夫でしょ? 普段戦っているときよりは精神力は使わないと思うけど」
美桜が見つめてくると、尚更俺の心臓はバクバクと激しく動いた。
「まぁまぁ。凌はまだ“干渉者”に成り立てなんだから、無理に引き留めなくても。またおいでよ。狭い世界だし、もしかしたら、別の所で会うことになるかもしれないけど」
ジークが微笑みかけてくる。
口角を無理やり上げて、軽く会釈。知らぬ間に手汗をびっしょり掻いていて、握った手が気持ち悪い。
「顔色も悪い。美桜も、無理させちゃダメだろ。君と彼との間に、どれくらい力の差があると思ってるんだ。凌、無理せず戻れ」
「けど」
「けどじゃないだろ、美桜。ああ、本格的にヤバそうだ。ゴメン、気付かず」
ジークが立ち上がってローテーブルをグルッと回り、手を差し出してきた。
大きな大人の手が背中を擦る。
「すみません、なんか、急に吐き気が」
焦点が合わない。
いよいよ限界か。
「無理するな。目をつむって、“表”に置いてきた自分の身体を感じろ。ゆっくり息を吸って、吐いて。もう一度息を吸って」
………‥‥‥・・・・・━━━━━■□
胸の奥から酸っぱいものが口の中まで戻って来た。
ウッと顔をしかめたが、それが固体ではなく気体状のものだったことがわかると、俺は安心して息を吐いた。
絡んでいた美桜の指を引き剥がし、転がるようにして床に座り込む。壁により掛かって、胸を掻きむしっているうちに、少しずつ落ち着いてきた。
気持ち悪くなったのは“裏”にいた俺であって、“表”の俺じゃない。だのに、息苦しさも胸の不快感も手の中の湿り気まで“裏”のまんま。意識だけが“裏”に飛んでいるわけじゃないのか。
「大丈夫?」
意識を戻した美桜が話しかけてきて、俺はようやく目を開けた。
制服姿のいつもの美桜だ。
「な、なんとか」
微笑み返したつもりだったが、表情が固まっていて、上手く笑えない。
「急にどうしたの。今までこんなことなかったのに」
心配して屈んでくれたようだが、なぜだろう、あまり美桜の顔を凝視できない。
「なんでもない。本当に、なんでもない」
両手の平を美桜に見せ、必死に無事をアピールする。
本当は胸の奥がまだもやもやしていて、言葉を発すると液体や固体が逆流してきそうだ。
「無理させてごめんなさい。長かった……?」
俺はそんなことないと首を小さく振る。
「ジークに言われてハッとした。そうよね、まだ凌は干渉者に成り立てなのよね」
今更ながら気付いたのかと、体調の良いときなら鼻で笑ってやるところだが、今はそんな気力もない。
座っているのも辛くなってきて、俺は床にごろんと横になった。
すると、美桜が益々心配して側に寄ってくる。
「本当に、大丈夫なの? 帰れる?」
「大丈夫。少し休んでから帰る。それより、俺と一緒に教室出たら色々と面倒だろ。先、帰れよ」
「でも」
「いいから。先に」
何となく、そう喋ったところまでは覚えてる。
30分ほど仮眠を取り、目を覚ますと美桜はいなかった。
代わりに、『ごめんね 無理させて』と書かれた付箋の貼られた缶ジュースが一本足元に置いてあった。
ジュースを飲み干した後、俺はようやく帰路についた。
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