【3】黒い魔物

9.妙な噂

妙な噂1

 ジークの話は衝撃的だった。

 何も知らされず“レグルノーラ”へ飛ばされた俺からしたら、初めてまともに“表と裏の関係”について知った気がした。もちろん、まだまだわからないことはたくさんあるのだけど。

 美桜は相変わらず、必要最低限のことしか喋らない。彼女曰く、『超がつくほど人見知りで話し下手』だそうだが、それだけじゃないはずだ。

 俺が話しかけづらい人間だというのは認める。認めざるを得ない。

 自覚はある。

 目つきは悪いし、愛想も悪い。顔もそれほどよくはない。

 格好つけようとも思わない。ワックスで髪の毛立てたり、制服着崩したり、そういう“モテたいオーラ”を出そうと必死になってる連中と一緒だとは思われたくない。常に、近寄るな俺に構うなと思い続けてきた。

 だからこそ、美桜が俺に近づいてきた理由が、最初はさっぱりわからなかった。

 彼女と“レグルノーラ”へ飛ぶようになって半月以上経つが、相変わらず俺たちの距離は縮まらなかった。

 彼女が『ごめんね』のメモを寄越したことで、俺は一瞬何かを期待してしまったのだが、それは全くの思い過ごしだった。その証拠に、彼女は明くる日も変わらぬ態度で俺と接した。何ごとも起きていないと言わんばかりの彼女に、俺はため息を吐かざるを得なかった。かといって、こちらからアプローチなんてことをしようとは思わないわけで。

 二人の関係はいつまでも平行線のまま。

 つまり、一向に近づく気配はない、ということだ。





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 五月も下旬に近づいてきた雨の日、いつものように放課後の教室で待っていた俺に、美桜は前触れもなくこんなことを言い出した。


「もう、放課後に教室で会うのは止めましょう」


 どういう意味なのか。

 彼女の言葉に、俺の意識は半分消えかけた。


「“あっち”にはもう行けないって、そういうことかよ」


 少しずつレグルノーラに飛ぶ時間が延びてきたところだった。

 集中力如何で飛べる時間が変わってくるということが感覚でわかってきて、“あっち”に行けば自分の思った通りに物を変化させたり、身体を動かしたりすることも、理屈はさて置きできるようになってきたところだった。

 退屈な学校生活も、放課後の美桜とのひととき……とはいっても甘いものではかったが、それがあると思ったからこそ乗り越えられていたというのに。

 突然、何がどうしたのか。

 俺は理解に苦しんだ。


「“あっち”には、今まで通り飛ぶつもりよ。私が言っているのは、放課後のこの時間、二人でコソコソと会って飛ぶのは止めましょうってこと。今の凌なら、私の手を介さなくったって飛ぶことはできるはずよ」


「あ、な……なんだ、そういうこと」


 俺はまた、“レグルノーラ”への“干渉禁止”を告げられたのだとばかり。

 ホッとしたのと同時に、なぜ今そんなことを言い出すのだろうという疑問も生じる。

 美桜は相変わらずの淡々とした口調で、そのセリフの奥には何もないのだと強調しているようにも思えた。それが逆に引っかかった。

 朝からの雨で、教室はいつになくずっしりとした重たい空気に包まれていた。カーテンは開け放されていたものの、室内は薄暗く、そして寒い。しとしとと降る雨の音が教室の中にまで響いた。


「ちなみにさ。今のって、二人で会うこと自体止めようって、そういう意味だったり、する?」


 まさかなと思いながらも、念のために聞いておく。


「何を気にしてるの」


 何を。

 そうきたか。


「いや、もしそういう意味だったとしたら、悲しいかなって」


「私たち二人について“妙な噂”を流している人がいるみたいだから、止めようって言ったのよ。心配しないで。“干渉者”としてのあなたは必要だから。まだ本当の“目覚め”にはほど遠いみたいだけど」


 美桜は眼鏡の奥で目を細めた。

 あまりご機嫌ではないようだ。

 美桜が気にするくらいの“妙な噂”、か。気になるところだが、とても聞けそうな雰囲気にない。


「ほとぼりが冷めるまで、それぞれで“あっち”に飛んだ方がいいわね。もし、一人での行動が不安なら、“あっち”で待ち合わせをする、とか」


「そうしてもらえると、助かるよ」


 こうして俺と美桜の、放課後のひとときは終了した。

 以来、教室ではまともに目すら合わせていない。





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