妙な噂2
美桜にとって、俺は“干渉者仲間”以外の何者でもない。
それは重々承知していたはずだった。
だが、それまで秘密裏に続いていた放課後の密会が叶わなくなって以降、俺は本当にそれ以上でもそれ以下でもない存在なのだと思い知らされる。
すぐ前の席で平然と授業を受けている彼女とは普段全く話す機会はない。廊下ですれ違っても、同じ教室にいても、俺は空気と同じように扱われた。彼女は決して俺を見ない。声をかけない、反応しない。ひと月前まではそういう関係だったことも忘れ、俺は一人傷ついた。
芳野美桜という人物にとって、“裏の世界レグルノーラ”と“干渉者”という存在は、一体どれほど重要なモノなのか。せめて、なぜそれほどまでに“レグルノーラ”にこだわるのか――“干渉者”という特殊能力者であることを除いて――、彼女は話してはくれないだろうか。
秘密主義なのか。それとも俺のことを信用していないのか。
後者……、だろうな。間違いない。
クラスの誰とも親しくすることのない彼女を見ていても、そう思う。
美桜は結局、誰のことも信用していないのだ。
信用のない人間には何も話す必要がない。必要なこと以外、何も。
“裏の世界の干渉者”ジークとは、仲が良さそうだった。彼のような信頼できる大人には、きっと全てを話しているのだろう。“裏”に干渉し続ける理由も、“悪魔”を追う理由も。
美桜と過ごせなくなった放課後、俺は一人、教室を後にしながらそんなことを考えるようになっていた。
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くだんの“妙な噂”の正体を俺が知るまで、ほとんど時間はかからなかった。
社交辞令的な付き合いしかしていないクラス委員の芝山哲弥が、昼休み、廊下で俺を呼び止めた。クセのないストレートのキノコカットで、絵に描いたようなガリ勉眼鏡の芝山は、丸い顔を紅潮させて鼻息荒く言ったのだ。
「よ、芳野さんとは、つつ、つ、付き合ってるの」
「ハァ?」
まさしく『ハァ』である。
よりによって、人通りの多い時間帯だった。
2年の教室がずらっと並ぶ二階の廊下に、芝山の上ずった声が妙に響いた。そして、誰もが俺に注目した。
「付き合ってるって、何で?」
教室の隅でぼっち飯をかき込んだ後、午後の授業までフラッと教室から出て行くところだった。美桜と放課後の教室で待ち合わせられなくなった分、どこでどう時間を合わせて“あっち”へ行くのか、彼女とこっそり話がしたかったからだ。
恐らく彼女も独りなのだろう。あの性格だ、他の女子と一緒に過ごしているとは考えにくい。だからって、美桜が昼休みにどこで誰と過ごしているかなど俺は全く知るよしもないのだが。
こう、考え事をしているときに限って、どうしてこんな根も葉もないことを言われなければならないのか。
俺はしばし首を傾げ、そして思わず、あっと声を上げた。
これが、“妙な噂”か。
「ままま毎日、ふ、二人で放課後、何、やってたんだよ。お、おかしいじゃないか。男女が二人っきりで、教室にいるなんて」
芝山はやたらと興奮している様子で、普段はそんなことはないのだが、やたらとどもっていた。まだ夏とは言えない季節なのに顔中に汗を掻いて、自分より背の高い俺の顔をこれでもかと下から睨み付けてくる。
誤解だ。
とでも言えば、納得するか?
そんなことはないだろう。
いつぞや、ジークのところで見た、俺と美桜が見つめ合っているように見えたあの画像。二人が愛を深め合っているようにも見えなくはなかった。手を繋いで見つめ合うなんて、何の関係もない二人だと言う方が不自然だ。
いつの間に目撃されていたのだろう。しかも芝山は“毎日”と言った。目撃されていたのは一日だけじゃない。となると、言い逃れもできなくなってくる。
廊下は次第にガヤガヤし始める。それどころか、教室の中から窓を開けて廊下をのぞき込む輩まで出てくる。
学校一と言っても過言ではない美少女と、絡みづらい目つきの悪い“ぼっち”男。この組み合わせに納得できるヤツなど、まずいない。ゼロだ。俺だって未だに納得できていない。
否定、すべきか。
放置、すべきか。
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