妙な噂3
「付き合ってると、……したら?」
否定も肯定も、しない。この作戦は、どうだろう。
芝山はポカンと口を開け、顔面蒼白でこちらを見上げている。
「ま……まま、まさ、か。よ、よ、芳野さんが、ききき君のこと、すす好きなんて、あり……あり得、ない、あり得ないよ! ば、ばば、馬鹿言うな!」
馬鹿はお前の方だ。
勘違いもいいところだとため息をつくが、あの行動が恋仲以外の何に見えるのかと聞かれたら、答えに窮する。
芝山は美桜のことが好きなんだろう。だから、俺の言葉尻にやたらと噛みつくのだ。そんなのは誰が見ても明らかだった。例えそれが自分の気持ちを暴露することになるのだとしても、彼は彼なりに、彼女と俺の関係をはっきりさせたかったに違いない。
こいつもこいつで、真面目を絵に描いたような男だ。ダサいし、パッとしない。クラスの中にいる“ぼっち連中”の一人だ。
本来ならば、俺と同列。同情すべき相手なのかもしれない。
だが、今回は話が違う。芝山の中で俺は、“完全なる敵”になってしまっている。
やはり、きちんと否定した方がいいのだろうか。
しばらく考えているうちに、辺りは更に騒がしくなってきた。どいつもこいつも、口々になにやら喋っている。
「あいつ、芳野と付き合ってるんだって」
「誰」
「ほら、2-Cの珍しい名字の」
「きすみ? 知らないなぁ」
「イケメン? え、違うじゃん」
「趣味悪……」
「芳野さんの彼氏? 嘘でしょ?」
「あの噂、ホントなの?」
「来澄ってさ、何考えてるかわかんなくね?」
ほら、言いたい放題だ。
やっぱり、“ぼっち”には“ぼっち”なりの理由ってもんがあるんだよ。
決して好かれる方じゃないのは知っていた。だけど、本音ってヤツは思っていたよりも酷くグサグサと心に刺さってくる。
人混みの中で、俺は完全に孤立していた。
“芳野美桜という美少女を捕まえた珍獣”だとでも、思われているんだろう。
こうなったら勘違いを逆手にとって、“芳野美桜をとっ捕まえて、付き合えと迫ったのだ”とでも言った方がいいのだろうか。こんな騒ぎになるくらいなら、さっさと肯定でもなんでもしてしまった方が、気が楽だ。
実際は俺の方が迫られ、灰色の広がる“裏の世界”へ連れて行かれたのだ、などと、誰も信じないだろう。
嫌な汗をじっとり掻いていた。手のひらが、妙に濡れている。
「あり得なくても、じ……事実、だとしたら、どうするんだよ」
自分の声が、やたらと大きく耳に響いた。
四面楚歌、か。
また、周囲がざわつき始める。
「き……君みたいな男と、芳野さんが付き合うなんて、お、おお、おかしいじゃないか。みんなも、みんなもそう思うだろ? な、なぁ!」
いきり立った芝山は、口から唾を飛ばしながら握り拳を上下に揺らし、俺の真ん前まで迫ってきた。
こいつ、どこまで美桜のことを。
そう思うと、何だか怖いような恐ろしいような、哀れな気持ちになってくる。
もうすぐ昼休みが終わる頃だ。特別教室で授業のあるクラスのヤツらがなだれ込み、廊下は更にごった返してきた。立ち止まり、何の騒ぎだとこちらを覗ってみたり、それに対し事細かに説明してみたりと、事態は収まるどころか更に膨れあがっていた。
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