足りないもの3
「“具現化”に必要なのは“想像力”。つまり、“イメージする力”。まさか凌、あなた、頭にハッキリとしたイメージを描くのが苦手……なんてこと、ないわよね」
絶望、という言葉がしっくりくる。そんな表情。
彼女は俺に、どんな答えを欲しているというのか。
胃がキリキリする。
「苦手……です」
「苦手? まさか。“干渉者”よ? “イメージを具現化する”能力を持っているのよ?」
「苦手……です。と、しか」
滝のように汗が流れ出ているのがわかる。脇の下がぐちょぐちょだ。
「想像とか、空想とか、……あんまり。妄想ならするけど。……いや、でもほんと、あんまりこう、頭で何かを思い描いてそれを形にするってのは」
「日常生活において全く何かを想像しないなんてことはないでしょ? ものを作ったり、計算したり、行動したりするときには常に想像力は必要だわ。人間たるもの、生きるためには最低限の想像力というものが備わっているはずだと信じて疑わないのだけれど、まさか本当に、想像力が欠如しているだなんて言ったり……しないわよね?」
我慢ならないのか、芳野は一歩、また一歩と近づいてくる。その度に、俺は椅子を後ろにずらしていく。
顔が引きつる。ただでさえ不細工な顔が、彼女の目にはより一層滑稽に見えているだろうか。
「ものを作るのは?」
「苦手、です」
「絵を描くのはどう?」
「苦手……、です」
「聞きたくはないけど、手先は器用よね?」
「それ、想像力と関係ある?」
「良いから答えて」
「どうかな……。どっちかっていうと、こう、細かい作業は苦手というか」
「嘘。こんなことありえる? 想像力が欠如している、しかも不器用だから“干渉者”としての能力も発揮できない? そんな言い訳通用しないわ。鍛えてもらうわよ。何が何でも、あなたを一人前の“干渉者”に仕立て上げる。――それにしても想像力にも鍛錬が必要だなんて聞いたこともない。私の……勘が鈍ったとでも言うの? いいえ。あのとき感じた“臭い”は本物。今だって微かに臭っている。まだ本当の力を出していない、出し切れていない程度だと推測するわ。こうなったら一から鍛えるつもりで頑張るしかないわね」
芳野は、怒りに震えると言葉数が増すらしかった。普段の物静かさからは想像もできぬ位の勢いでまくし立てられるだけまくし立てて、ふぅと長く息を吐いた。
「こんな場所でゆっくり“力”を確認するのじゃなくて、もっと色々考えなきゃダメだってことがよくわかったわ」
申し訳ない、という言葉しか出てこない。
足の遅い人に対して何故遅いと突っかかったり、計算の苦手な人にどうして頭で計算できないのかと怒鳴ったりするのと同じレベルで、想像力のなさを否定された。およそ創造的なものと無縁な生活をしていた普通の男子に、突然高レベルを求められてもどうしようもないのだ。
「身体を動かすのは、得意……よね? 体育祭ではそれなりに活躍していたイメージ、あるんだけど」
「え? ま、まぁ。人並み、には」
質問の傾向ががらりと変わった。
「じゃあ、自分がどういう風に動いたら相手を効率よく倒せるかをしっかりと想像し、それに合わせて自分の身体を動かしていくイメージを描くことはできそうね。とにかく、戦えないんじゃ意味がないの。もう少し慣れてからにしようかと思ってたけど、こうなったら」
………‥‥‥・・・・・━━━━━■□
また、途中で意識が戻ってきた。
机に伏して荒く息をしていると、上から芳野のため息が降ってくるのがわかった。
「いい加減、慣れてよね」
“表”に戻ってくると、芳野は言葉少なだ。
俺の手をほどき、立ち上がって椅子の向きを戻す。それからバッグを肩に引っかけ、
「また、明日」
彼女は颯爽と去った。
なかなか目を開けることができなかった。
まぶたの裏に西日が差して、視界を赤くする。
「明日、か」
何のためにこんなこと、続けなくちゃならないんだ。
“干渉者”ってのが何なのか、イマイチよく分からない。
俺に何をさせようとしてる?
『必要なのは“悪魔”と戦える“干渉者”』だと彼女は言った。
もしかして、もしかしてだけど。目の前にモンスターが現れて、それをぶった切るような事態に遭遇する危険性があるとでもいうのか。あんな、平和そうな世界で。
――『“干渉者”は“悪魔”を倒すために存在している』
――『この世界を滅ぼそうとしている“悪魔”を倒すためには、“イメージを具現化”し
て武器を手にしなければならない』
聞き流していた言葉が今になって染みこんできた。
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