足りないもの2
彼女は組んでいた腕をほどき、すっと右手を差し出した。そのとき、彼女はまだ手には何も持っていなかった……はず、だった。
胸の下に隠れていた右手が弧を描くようにして動いていく、その途中で何かが起きた。
彼女の手の中に突如として黒い物体が現れ、カチャリという音と共に実体化したのだ。
その禍々しい形に驚き、俺はひっくり返って椅子から転げ落ちた。
「うわっ、うわあっ!!」
自分の声にさえ驚いて、俺は更に数メートルほど後ろに逃げた。
銃だ。
小型の銃が、芳野の手の中に。
「な、なんだよそれ! どっから!」
おののく俺を、彼女はかえって面白がった。
「凄いリアクション。凌ってば、案外楽しい人なのね」
「ば、バカヤロウ! そんなの誰だって驚くし。ってか、こっち向けんな!」
銃口を向けてせせら笑う芳野に、俺は両手を挙げて必死に降参の意を示したが、彼女はことの重大さに気付いていない。
「弾なんて入れてないわよ。大げさなんだから」
ゴメンゴメンと笑いながら、彼女は銃を下ろした。攻撃しない意思を示すかのように床に銃を置き、両手の平をこちらに向けて子供のように笑っている。その顔の可愛いったらないんだが、状況が状況だけに素直に喜べない。
と、とんでもない女だ。
俺は息を整えながら立ち上がり、ゆっくりと椅子に座り直した。
「て、手本にしては刺激的すぎない?」
「極端すぎるくらいがいいかと思って。さあ、凌もやってみて。目をつむって意識を集中させるの。手の中にものがある感触を想像する。そのものの形をしっかりと思い描けば、形として現れるはず」
「簡単に言うよな……」
いつから“干渉者”として“レグルノーラ”に来ているのか知らないが、芳野は凄いことを難なくこなす。まさか俺にも自分と同程度のことをのぞんでいたりはしないよな。
それはさておき。
咳払いして背筋を正し、右手の平を上に向けて力を集中させてみる。
何が……いいだろうか。確かに鉛筆くらいなら形や材質、重さも全部頭の中にたたき込まれているわけで。もし本当に“具現化”できる力があるというなら、もしかしたらもしかしてってこともあり得るかもしれない。
目を閉じ、鉛筆の形を思い描く。六角形の鉛筆。そこの書いてある文字。書きすぎて丸みを帯びた芯。深い緑色の軸をイメージする。
やり方自体があっているのかどうか、疑問ではあるが、とりあえず彼女に従うしかない。この“レグルノーラ”という不思議な世界に迷い込んでいるとき、俺は彼女の言うがまま。もしかしたらこれは夢なんじゃないかという変な錯覚と戦いながら、俺は黙々と鉛筆のイメージを頭に思い描く。
何分か経過した。
まだハッキリとした感覚がない。
どうやったら“具現化”なんてできるんだ。
芳野が目の前で髪の毛をいじり始めた音がする。完全に、待ち飽きたらしい。
「……どうして、出せないの」
芳野の声が廃屋に響く。
目を開け、恐る恐る手を見る。彼女の言うように、何も変化がない。
「あなたからは確実に“干渉者”の“臭い”がした。もしかして、からかってるの……?」
「からかってるなんて!」
両手を挙げ、全力で顔を左右に振る。
「真面目にやっててもできないんだよ。コツ、とかないの? コツとか」
「コツ……? 確実なイメージを思い描くだけで良いのよ? ……ちょ、ちょっと待って。まさか」
芳野は何かに気が付き、青ざめた顔をして立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます