古書3

「で、どうしてオレも行かなくちゃいけないわけ?」


 ノエルは口をとがらせ悪態を吐いた。

 昨日の今日で顔を合わせづらかったのだろう、一人で庭を散策していた様だ。

 日中帯になり、前日の被害状況が目に見えて明らかになっていた。壊れた家具や割れたガラス窓など、ある程度は魔法で修復した様だったが、倒れた木々や折れた草花は直しようがない。屋敷から外側に向かっていろんなものがなぎ倒されていた。

 ノエルは何を考えて庭先に一人でいたのだろうか。


「昨日のことは昨日のこと。救世主様もそうおっしゃってるわ。何より、ディアナ様に頼まれたのだから、単独行動はナシよ」


 モニカはそう言いながら、機嫌の悪いノエルを家の中に引っ張ってきた。ばつの悪そうなノエルは、なかなか目を合わさない。そりゃそうだ。やり過ぎたのは本人が一番わかっているだろうし、俺は余計なことを言わない方が良いだろう。


「協会へ飛びます。夜までには戻るわ、セラ、ルラ」


 声をかけた先に双子のメイドが居た。


「いってらっしゃいませ」


 二人は同時に頭を下げる。


「ホラ、ノエルもこっち」


 足元で魔法陣が光る。

 俺たちはそのまま干渉者協会へと飛んだ。





■━■━■━■━■━■━■━■





 塔から少し離れたビル群の谷間に、キリスト教会風の建物があった。決定的にそれと違うのは、十字架やマリア像がないこと。ステンドグラスの美しい白壁の建物は、まるでそこだけ別次元の様にひっそりと佇んでいた。壁一面、ひさしギリギリまで手の凝った草花の彫刻が見受けられた。

 辿り着くなりノエルは手を思い切り払ってそっぽを向いた。あくまで無視を決め込んでいるらしい。それはそれで反抗期の子供っぽくて可愛くはある。けど、どうにかして機嫌を直してもらわなければならない。余計なトラブルを生まなければ良いのだが。

 協会のドアは開け放たれ、衛兵が一人ずつ、入り口の両側で警備に当たっていた。彼らは俺の顔を見るなり敬礼し、無言で通してくれた。やはり、竜石を見てのことなのだろうか。

 入り口からすぐのところで、前日モニカと共に治療をしてくれたドリスという中年女性が待っていた。ふくよかな顔をにんまりとさせ、


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 と奥に案内する。

 だだっ広い空間だ。集会でもするのだろうか、奥の方に演台もある。


「マシュー会長がお待ちです」


 集会場の横を通り、どんどん歩いて行く。しばらくすると建物から一旦出て、広い中庭の空間になった。ここも何かに使うのだろうか、中心部分には草地だけで、建物に沿う様にして背の低い木がいくつか植えてある程度だ。また屋根がかかり、今度は別棟の内部へ。ここでようやく終わりらしい。木の扉の前でドリスは案内を止めた。

 コンコンコンとノックし、


「会長、お連れしました」


 と言うと、中から、


「お入りなさい」


 と声がする。


「失礼致します」


 とドリスが言うのに続いて室内に入っていくと、昨日屋敷に赴いてくれたマシュー翁その人が、執務机に書類を広げて待っていた。


「よくぞいらした、救世主殿。体力は回復したかの」


 天井までギッシリと詰まった本棚に囲まれるようにして、マシュー翁はゆっくりと立ち上がった。


「おかげさまで、何とか来られました」


「全快でないにしても、若いだけあって回復力は高そうじゃの。モニカとノエルも、落ち着いたかの」


「はい、何とか」


 とモニカが言い、ノエルは無言でそっぽを向いた。


「ま、色々と思うことはあるじゃろうが、それはさておき。さて、なにか大荷物を抱えておるようじゃが」


 言われてハッとし、俺は前に進み出て小脇に抱えていた本を差し出した。


「ディアナに借りたのですが、どうやらここの本だと知ったので、お返しに。ところで、この本の一部に黒塗りがしてありました。副本かデータがあれば拝見したいのですが」


 マシュー翁は『黒塗り』に反応し、ヒゲをピクリと動かした。本を受け取って机に置き、ゆっくり息を吐くと、


「この本には魔法がかけてあっての。複製はないのじゃ」


 と言う。


「魔法、ですか」


「魔法じゃ。読むだけで複製はできない。書き写すこともならない。閲覧のみ。どうしても、そうせざるを得ない理由があっての。詳しくは……後で話そう。先に、鑑定をさせてもらいたいのじゃが、よろしいかの」


 マシュー翁は言葉を濁した。やはり、あの黒塗りの部分に何かある様だ。


「いつでも、大丈夫です」


 後で話すというのだ、俺もあえてツッコミはしない。

 小さくうなずくと、マシュー翁は満足した様にうなずき返してきた。


「ならばドリス、お願いできるかの」


「かしこまりました。では中庭へ。鑑定士が待っています」


 ドリスはそう言ってドアを開け、俺たちを中庭へと誘導した。

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