【21】金色竜の秘密

90.古書

古書1

 無理に動き続けたのが仇となったのか、まともに食事を取ることができたのは次の日の昼飯からだった。モニカの治癒魔法で少しずつ体力は回復してきていたが、やはり栄養は口から取りたいわけで、俺はまだギシギシする身体を引きずって階下のダイニングに降りていった。

 モニカの話では、俺は死んだ様に眠っていたらしい。そりゃそうだ。地下牢からやっと出られたと思ったら、突然の戦闘。不意打ちにも程があるというもの。俺だってまだ“こっち”に全部身体を持ってきてから間もないんだし、竜石にも慣れてない。なのに準備運動なしにフルマラソンさせられたんだから、ある意味倒れるべくして倒れたのだ。

 しかし、そんな悠長なことを言ってる場合じゃないってのは俺にだってよくわかっている。あの残虐非道な竜が、俺のこんな現状を見たらどう思うか。考えただけでも身震いする。それどころか、もしかしたらかの竜は、全てを見ていてわざと攻撃をしかけてこないんじゃないかと邪推してしまう。

 とにかく、無理して倒れて回復まで時間がかかってという悪循環から抜け出さなければ、この先もっとヤバいことになる。それを回避するためにも、マシュー翁が言うところの『己の力を知る必要がある』のではないかと思い始めていた。


「お口に合いましたか?」


 食事を済ますと、メイドの一人が頬を赤くして聞いてきた。


「久々に美味しいご飯だった。ありがとう」


 レグルノーラに来てからは碌なことがなくて、やっと落ち着いて飯が食えたのだ。優しい、舌触りの良い食事は久々だった。

 屋敷には二人のメイドがモニカたちとは別に派遣されていた。年の頃は俺と同じくらい、双子の少女セラとルラは丈長のスカートと大きめのエプロン姿で、中世のメイドを彷彿とさせていた。セラは料理が得意らしく、主に厨房に。ルラは掃除洗濯などを主に担当しているようだった。

 住み込みがこの世界では主流らしい。屋敷の中にメイド用として区切られた空間があり、彼女たちはそこで寝起きするのだ。

 一つ屋根の下に年上の女性と年下のガキ、それから同い年くらいの少女二人という、如何にもそういうのが好きな人から見たら喜びそうなシチュエーションではあるが、俺は正直、身の置き方に困ってしまってまともに会話が進まない。そもそも、急に救世主として持ち上げられたのが未だに飲み込めず、胸の辺りがもやもやするのだ。

 俺が眠りこけている間も、彼女らはモニカと共に懸命に看病してくれたらしかった。時にうなされていたとモニカは言って、休めるうちに休むべきだという助言もくれた。けど、やるべきこと、やらなければいけないことは待ってはくれない。世の中、そういうものらしい。

 腹ごしらえを終えてリビングへ行くと、モニカが難しそうな顔をしながらソファに座り、ローテーブルに大きな古い本を置いてゆっくりとページをめくっていた。俺が、ディアナの部下から借りた本だ。


「お食事は済まされたのですね」


 モニカはこちらに気付いて本を閉じようとしたが、


「何か、有用なことでも書いてあった?」


 俺は彼女の手を止め、一緒に中身を読もうと彼女の隣へと滑り込んだ。


「あ、はい。そうですね。私も語り草でしか知らなかったことが書かれていたものですから」


 開いていたのは例の金色竜のページだった。

 竜石の力でレグルの文字が読めるようになったのだとしたら読めるかもしれないという、希望的臆測で本を借りたのだ。

 前のめりになって本を覗き込むと、モニカはそっと俺の方に本を寄せてくれた。


「昨日、竜化したお姿を拝見したときは、正直戸惑いました。本当に竜と身体を共有していらっしゃるのだと。半竜人は何度か見かけましたが、彼らとは全く違います。竜と同化して、かの白き竜を砂漠の果てに追いやった救世主の話は、私たちレグルノーラの住民にとって身近な昔話でしたが、同等の力を持った方が目の前に居る、そしてそのサポートを命じられたとあれば、やはりそれ相応の覚悟が必要なのだと噛みしめていたのです。ノエルのことは……、本当に申し訳ないとしか言い様がありません。あの子はあの子なりにいろんなものと戦っているのです。私がきちんと止めなければならないのに、なかなか話を聞いてくれなくて」


 モニカは肩を落とし、頭を垂れていた。

 俺は深くため息を吐き、グルッと室内を見渡したが、周囲にノエルらしい人影はない。


「モニカが謝る必要はないよ。それに、ノエルを責めるつもりもない。信じられなくて当然だと思うし、俺だって未だ受け入れきれてない。迷惑、かけると思うけど、これからよろしく頼める……かな」


「はい……! もちろん!」


 沈んでいたモニカの顔が急に明るくなる。俺の手を両手で握り、瞳を潤わせている。

 ノエルなら同じセリフを言ったとしても素直には受け入れてくれないんだろうなと考えると、苦笑いしか浮かばない。が、今後のこともあるし、彼ともキッチリ話をしなければ。


「ところで、他のページはどうだった? 何か興味深いことでも書いてあった?」


「はい。えっとですね……」


 パラパラと数十ページめくっていくと、年表の様なものか書かれていた。併記されている数字は“こちら”の暦によるものらしい。

 今からおよそ三百年前、かの竜が現れたという記述。更にその五十年ほど前、百年ほど前……と、おぼろ気な記録が続く。


「かの竜は、我々人類と共に歴史を歩んできました。“大地は竜と共にある”という言葉があるのですが、これは“かの竜のご機嫌一つでこの世界が消える危険性を孕んでいる”という意味も含んでいて、つまり“できることならば何ごともなく安心して過ごせるよう、極力かの竜には関わるな”という先人たちの教えです」





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