和解4

 老人に話しかけられ、つむったままの目がピクリと反応した。


「とっくに目を覚ましていたのだろう。我々の会話に耳をそばだて、感じたこともあっただろうし、少し話をしてはくれんかの」


 薄目を開けた。

 丸眼鏡をかけた白ヒゲの老人が、にこやかに俺を覗き込んでいた。つるつるの頭がヤケに潔く、深く刻まれたシワからは人の良さがにじみ出ていた。

 その奥に、髪を乱したノエル。反対側にはモニカと、もう一人中年のふっくらとした女性が。

 ベッドの上に仰向けに寝かされた様だ。背中に違和感がないことから察するに、竜化は解けている。

 俺は小さくうなずき、老人と目を合わせた。


「ちぃと腰をかけさせてもらう。最近腰が痛くてな」


 ギィと耳元で床の擦れる音がして、老人は俺の視界から一瞬消えた。改めて右側に頭を傾けると、老人はニコリと口角を上げて、俺に微笑みかけてきた。


「貴殿が、塔の魔女ディアナから救世主の称号をもらった少年で間違いないのじゃな。……と、聞くまでもないな。額には赤々と竜石が輝いておる。貴殿の竜の瞳と同じ色の石じゃ。石の強大な力に耐えたということは、やはり我々が待ち望んでいた“救世主”に違いないということなのじゃろう。湧き上がってくる力は強く、しっかりとしておる。様々な苦難を乗り越えただけのことはある。正式に鑑定すれば、S以上のランクに相当するのではないかな」


 なんだ。出会っていきなりランクの話か。

 この世界の人間は、どうにもよく分からない。


「干渉者協会、というのを聞いたことはあるかね。“表”の人間には馴染みが薄いから、もしかしたら噂で聞いた程度かもしれないが、儂はそこの会長をしておる。とは言っても、力は貴殿にとても及ばない、普通の干渉者でね。気軽にマシューと呼んでくれ給えよ。協会では“マシューじいさん”で通っておるのじゃ。あまりにも威厳がないもんだから、そこのドリスからはいい加減にしなさいと始終怒鳴られておるが、この歳になれば威厳よりゆったりと過ごす方が健康に良いのではと思っての」


 マシューはそう言って、またニコリと目が見えなくなるまで微笑んだ。

 ゆったりと身体を包み込んむ服は、細かな装飾と高級そうな布地からしてどこかの宗教のお偉いさん風で、とてもセリフとつり合っている様には見えない。むしろ、本当は厳格な性格で、俺に気を使わせない様にそんな言い方をしているのじゃないかなどと邪推してしまう。


「鑑定は、不要です」


 俺はゆっくりと首を振った。


「今更鑑定などしても、到底かの竜には及ばない」


「当然、そうじゃろうの。この世界最強で最悪な竜は、例え伝説と言われた救世主であったとしても、容易く倒すことはできないじゃろう。三百年前は“表”と“裏”の力を全てぶつけたとしても、封じ込めるのがやっとじゃった。完全に消滅させなければまた復活してしまうのは目に見えておるだけに、その肩にかかる責任は計り知れん。それでも、期待せずにはおれんのだよ。わかるじゃろう」


 青と緑の混じった様な柔らかい瞳は、俺の中の壁をいとも簡単に壊していく。

 だが、ここでわかると言ってどうなる。期待されても思う様に力が使いこなせずに、いつもギリギリのところで戦っている。


「自分の力を査定されたくはないという気持ちは、わからなくもない。あのむすめも相当渋っての。できることなら鑑定させてもらえないかと頼み込んだが、遂に首を縦に振ることはなかった。自分の本当の力がどのくらいなのか知ることから全てが始まる。儂らは自分の師匠にそう習ってきたし、それが真理だと思っておる。貴殿はどうかの。これまで様々な敵を倒し、様々な経験をして、自分の力というものについて興味は持たなかったかの」


「それは……」


 言葉に詰まる。

 そう言われると、ぐうの音も出ない。


「どんな経緯であれ、貴殿はレグルノーラへ来て、力を手に入れた。見たところ、竜石を操るのにも手こずっているようじゃし、他にも困っていることがあるのじゃろう。己の力を知り、きちんと操ることができる様になれば、或いは心配事は解決できるのじゃあるまいか」


 思わず、反応した。

 心配事が解決……? テラの、ことも?


「本当、だろうな」


「嘘は吐かんぞ」


「竜石がコントロールできる様になるってことは、俺の中に溶け込んだ竜の意識を切り離したり、竜化やその解除に手間取らなくて済む様になったりするってことで間違いない?」


「恐らく、じゃぞ? なにせ竜との同化など、長い歴史の中でもほんの少ししか事例がないのじゃ。儂らとて、興味半分で提案しているわけじゃあない。この世界の未来がかかっておるのじゃ。真剣に、救世主殿に協力申し上げたい。その前段として、まずはその力、鑑定させてはくれんかの」


 マシューはまたニコリと笑う。

 ベッドの上で皆が見守る中、俺は唇を噛みながら、強くうなずいた。

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