和解2
俺は慌てて滑空し、ノエルの真ん前に降りたって右手に剣を握ったまま両手を広げ、道を塞いだ。
人間の姿をしていたときより大きくなったシルエットに驚いたのか、ノエルはビクリと肩を震わせ、数歩後退る。
「危ないから、ここから先は」
気を遣って言ったつもりだったが、ノエルはますます不安そうな顔でこちらを見上げている。
ズシンズシンと地鳴りがし、振り向くと、巨人が目を覆って悶えているのが見えた。魔法陣の光が強くなり、暗闇に慣れた目がくらんだらしい。これ以上動いて魔法陣から外れたらマズい。
「悪いが、片を付けさせてもらう」
右手に握った両手剣を杖代わりにして魔法を魔法陣に注ぐ。
――“無数の武器よ、同時に巨人を切り刻め”
この位置からじゃ見えないが、一文字一文字、相変わらずの日本語で刻んでいく。文字列が力強く光を放つと、巨人は益々悶え苦しんだ。
全ての文字が刻み終わると、地面から様々な武器が這い出してくる。剣、斧、槍、棍棒、弓。無数の武器という武器が宙に浮く。俺の頭に浮かびうる、いろんな場面で見たいろんな武器を、必死に具現化したもの。緑色の光を帯びたそれらの武器は、それぞれが意思を持っているかの様に、一斉に巨人に刃を向けた。
「や……、やめろ」
ノエルが背中で呟いた。
「なんだよ、それ。反則じゃないか」
「反則?」
「こんなの反則だろ? 見たこともない、こんな奇妙な魔法。一人でこんなに……武器を操れるなんて」
ノエルの小さな手が、俺の左腕を掴んでくる。
「あいにく、俺はこの世界のルールを知らない」
俺は勢いよく、剣を振り下ろした。
魔法を帯びた無数の武器が一斉に巨人に襲いかかる。
剣は裂き、斧は斬り、槍は突き、棍棒は叩き付け、弓は多くの矢を放った。魔法陣の光にやられ、悶え続ける巨人は為す術もなく、無数の傷を一度に浴びる。勢いよく噴射する魔法。傷の癒えるまもなく、次から次へと攻撃が続く。
「嘘だ……こんなの、嘘だ」
ドン、ドン、とノエルは小さな身体で俺の背中に体当たりした。あまりにも非力な攻撃。こんなことで竜化した俺を止めることなんてできないとわかっているはずなのに。
「オレが、オレの巨人が負けるなんて……! こんなの、嘘だ」
小さな拳で更に殴ってくるが、痛みを感じる様なレベルではなく。
同時に多数の武器で攻撃された巨人は、風船が破裂する様に勢いよく消し飛んだ。そこから噴き出した風が広い庭を通り、開け放した掃き出しの窓を通り、屋敷の中の家具を壊した。ガラスの割れる音、モノが落っこちる音が静寂に響く。
目的を果たした武器たちは動きを止め、やがて光の粒になって闇に消えた。
暗く静かな庭の中に、俺とノエルだけが立っていた。
「満足したか」
俺はおもむろに振り向き、小さな少年に語りかけた。
「巨人を倒してみせろと言っただろ。お望み通り、倒してやった。これで満足か」
息が辛い。また、口の中が血でいっぱいになる。
「お前、馬鹿か」
ノエルが言った。
「なんで、勝ったのにそんなに血だらけなんだ。お前、馬鹿なのか」
鼻をすすり、肩を震わせて。
暗くて顔はよく見えない。けど、俺には何だか目の前の小僧が急に可愛らしく見えてきてしまう。
思わず頬が緩むと、口に含んでいた血が漏れた。
「馬鹿だよ。悪かったな」
竜化した左手でノエルの頭をぐりぐり撫でる。逃げるかとも思ったが、ノエルは案外素直に撫でさせてくれた。
「髪が、乱れる」
言いながら泣きじゃくる姿は、小さな只の子供だ。
――パン、パン、パン。
誰かが遠くで手を打った。
屋敷の方角だ。
明るめのランタンが複数、闇に浮かんでいる。
「救世主様!」
モニカの声。ランタンを掲げて走ってくる。
他にも数個のランタンが、人影と一緒に近づいてくる。
「大丈夫ですか、お怪我は……キャッ!」
俺のシルエットがハッキリ見えたところで、モニカは一瞬足を止めた。しかし、恐る恐る近づいて顔を確認すると、今度は血だらけの俺を見て悲鳴を上げたのだった。
「治癒魔法、得意?」
モニカは無言で何度もうなずいた。
「内臓がやられた。頼むよ。実は、立っているだけで――」
ふと、力が抜けた。
身体が前のめりになって、小さいノエルに押しかかる。
「え、おい! ちょ……」
ダメだ。自分の身体を押さえきれない。
たくさんの足音が聞こえる。
俺の意識はそこで途絶えた。
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