89.和解

和解1

 激しく動くと傷口が開く。鎧の下、血で服が皮膚に貼り付いているのがわかる。ズキンズキンと頭は痛むし、意識はどこか朦朧としてきて、できるだけ早く止血した方が良いのは明らかだ。

 治癒系の魔法は集中力が要る。組織の再生をイメージするには、穏やかな心も必須だ。しかし、今の自分にそんなことができるのかどうか。この追い詰められた状況では、とにかく息絶えない様に意識を繋ぐのが精一杯。

 持てよ、俺の体力。


「圧倒的な強さでも見せてくれるのかと思ったけど、とんだ思い違いだった。姿形を変えただけで中身が一緒じゃ意味ないな」


 ノエルがフフンと笑う。

 笑っていられるのも今のうち。俺はデッキで悠々と事態を見守るノエルに一瞥をくれた。

 両手剣を構え、纏った炎の魔法で巨人の身体を切り裂いていく。背中へ、腹へ、それから腕にも。巨人の周囲を飛び、攻撃をかわしながら剣を走らせる。斬った直後傷口から魔法が漏れ、しばらくすると塞がるのを繰り返す。巨人に絶対的なダメージが入っている様には見えない。

 この行動が無駄に思えたんだろう、ノエルは益々上機嫌に笑っている。

 それでいい。少なくとも、屋敷のデッキからはそういう風にしか見えないはずだ。これは術者と巨人の位置が近くないからこそできること。……成功するかどうかは別の話だが。

 身体では巨人をぶった切りながら、頭では違うことを考える。巨大な魔法陣を地面に描いていく。

 巨人を呑み込んでしまうくらい大きな魔法陣が必要だ。いつもの魔法陣十個分くらいの、とにかく巨大な魔法陣が。確実とは言えないかもしれないが、竜化した今ならできるはず。そう、信じて。

 剣を振り、次の行動へ移るまでの間に飛びながら魔法陣のことを考える。

 巨大な魔法陣を作れば、一度に発生する魔法も大きいはずだ。過去の世界でドレグ・ルゴラが描いた破滅の魔法陣も、とにかくデカかった。空を覆い尽くさんばかりの魔法陣だったからこそ、魔法がレグルノーラ中に行き渡った。魔法陣の大きさが魔法を与える範囲や威力と比例するなら、きっと思い描いた通りの魔法を発動させることができるはずだ。

 地面に降りたり、また空中に飛び上がったりしながら、俺は巨人の足元に徐々に魔法陣を描いていった。大きいからか、なかなか時間がかかる。円の周囲をつぎはぎで描いていく作業をしながら攻撃するなんて、正気の沙汰じゃない。けど、やるしかない。

 横一文字に剣を振り、少し深めの傷を巨人に与えた。ブシュッと紫色の魔法が噴き出し、また傷が塞がっていく。

 魔法陣のベース、二重円が完成した。ここまでできれば。

 大急ぎで内側のダビデを描く。それから文字を刻んでいく。

 にわかに草地が光り出した。淡い緑色の光が徐々に白みを帯びて、更に強く光り始める。

 ガタリと、椅子の倒れる音。高みの見物をしていたノエルが、デッキの上に立っていた。

 逆光で表情は見えないが、巨人の動きがピタリと止まったところから想像するに、相当驚いているんだろう。


「何を、している」


 怒りと言うよりは絶望に近い様な声を発して草地に降り、ノエルがこっちに向かって歩いてくる。


「悪人面! お前一体、何をしてるんだ!」


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