怒りの巨人4

 高みの見物か。畜生め。いつの間にかデッキに椅子なんか持って来やがって、完全に楽しんでやがる。

 モニカの姿は……ない。嫌気が差して屋敷の中にでも引っ込んだか。

 ゆっくり草地に降下し、足を着く。口から血を吐き出して、もう一度手首で血を拭った。

 召喚された魔物と目の前に居る巨人、絶対的に違うのは、自己の意思で動いているのか、動かされているかという点。巨人はノエルが動かしているので間違いはなさそうだ。奴の思考が停止する瞬間、例えば喋っている間は、なかなか巨人も動かない。自身と巨人、二つを同時に動かすのは容易ではないのだという証拠。術者のノエルを襲えば簡単に倒せるに違いないのは火を見るより明らかだ。しかし、そんなことをしたら、きっと信頼関係は築けないだろうし、彼も納得しない。となると、ノエルが能弁を垂れてる間に魔法を溜めたり、武器を出したりするのが得策か。


「ハッタリじゃなくて悪かったな。しかも、“悪人面”の呼称に相応しい姿になってやったぜ?」


 俺はわざとノエルにふっかけた。


「薄明かりでまともに姿が見えないのが残念だ。ただ、とても“救世主”だなんて語れない容姿であることは明らか。半竜人と間違えて捕らえられたなんて嘘に決まってると思ってたけど、これなら納得だ。そんな姿で戦って、果たしてどれくらいの人間が、お前を“救世主”だと信じるかな」


 思った通りだ。

 ノエルが喋っている間、なかなか巨人は動かない。二つ同時に動かせるほど器用じゃない。そういうことだな。


「……ご心配痛み入る。けど、あいにく俺は人から奇異な目で見られることには慣れてるんだ。もう少し竜石をコントロールできる様になれば、もうちょっとマシな姿で戦えるのかもしれないが、これはこれで、慣れてしまえばどうってことはない。ノエルだって自分の身体で戦ってみたらどうなんだ。具現化させた魔物を操るよりもずっと面白いとは思わないか」


「ハンッ。馬鹿らしい。そういう泥臭い戦い方は嫌いなんだ。どうしてわざわざ自分を傷つけるような戦い方をしなくちゃならない。どれだけ魔法を消化したとしても、肉体が傷ついてなければ回復も早い。これから先、かの竜が更に力を強めれば、もっと頻繁に戦いにかり出される可能性が出てくる。その度に命を削る様な戦い方ばかりするのは頭の悪い奴のやること。オレは絶対にそういう戦い方はしない。そのためにこの方法を思いついたんだ。否定される覚えはないね」


「否定? 否定なんかしてない。身体を動かしてみたらどうだと言ってる。実際に手を合わせてみないと俺の力なんて伝わらないんじゃないのか」


「伝わるね。巨人とお前の動きを観察していればわかること。一歩離れてみた方が客観的に見ることができる。悪人面には到底無理な戦い方だろうけどね」


「へぇへぇ。頭が悪くて悪かったな。どうせ、俺にはこういう戦い方しかできないからな……」


 喋りながらジリジリと巨人に寄った。間合いを計りたかった。

 そして、ノエルに見つからないよう、こっそりと武器を具現化させる必要があった。

 いつもの両手剣では恐らく通用しない。竜化しないと持てないくらいの大振りの剣をイメージする。そこに魔法を纏わせて威力を増せば、幾分かダメージが入るのではないか。あとは弱点。弱点があるはず。それがなんなのかわかれば、少しは対処のしがいがあるが――そこから先は、戦いながら探るしかない。


「ん?」


 ノエルが前のめりに動いた。


「おっと、バレた」


 魔法剣の存在に気付いたらしい。巨人がゆっくりと動き出す。

 棍棒を振り上げる、この瞬間を待っていた。

 竜化した足で草地を蹴り、俺は巨人の胸の高さまで跳ね上がった。思いっきり、ガードの甘い腹に向けて剣を振るう。手応えがある。ザックリと胸を覆う布が裂け、腹に傷が入った。が、血は出ない。代わりに、紫色のオーラが勢いよく漏れ出してくる。


「なるほど、魔法でできてるってそういうこと」


 大きく膨らました風船の様なモノなのかもしれない。ならば、斬れば斬るほど巨人は弱るのでは。

 思った矢先、すうっと傷口が消えていくのが見えた。


「ざんねぇ~ん」


 ノエルの憎ったらしい声が響く。

 魔法でできているからこそ回復も容易いと。なるほど。

 とか、感心している場合じゃないぞ。打開策は――わからない。こういうとき、テラはいつも助言してくれてたのに。肝心のときに声が聞こえない。

 もう一度斬り込む。今度は肩に。……やはり結果は同じ。

 参ったぞ。

 再び上空に逃れ、巨人と間合いを取る。

 傷口が開いている間が思ったより短い。回復する前に斬り込むのを続ければどうにかなるかと思ったが、この早さじゃ単に俺が体力を消耗するだけ。相手はなんたって魔法の塊。しかも、あの回復力だ。痛みなんて、あってないようなものなのかもしれない。

 こうなったら、一度に巨人を粉々にできるような方法を探るしかない。闇雲に剣を振るうだけじゃない、別の方法を。


 ――ひらめいた。


 体力も魔力も増幅する竜化の状態なら、できるかもしれない。

 俺は意を決して、巨人の頭へと突撃した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る