怒りの巨人3

「なんだ。まともに力も使えない、攻撃もできないなんて、とんだお笑いぐさだな。これが本当に、ディアナ様も認めた“救世主”なのだとしたら、この世界が滅びるのも時間の問題ってわけだ」


 金髪をおっ立て、ノエルは高笑いした。

 コイツ、このまま俺が死ねば良いと本気で思ってるに違いない。異界の者が憎くて憎くて仕方がないと、全身からそういう気持ちがあふれ出ている。あふれ出た心が暗いオーラになり、この魔物を形成しているのだ。

 喧嘩を売られ、仕方なく買ってはみたものの、これじゃ確かにあんまりだ。俺を信頼してくれた――余計なことばかりするのが玉に瑕だが、ディアナのためにも、勝たなくちゃならない。

 朦朧としていく意識の中、この状況からでもどうにか竜化できないかと、頭ではそればかり考えた。

 テラの声が響いていたときは、テラが勝手に全部やってくれていた。ピンチになるその瞬間にサッと同化してくれたことで、何度も危機を脱した。

 今はあいにく、テラの声が聞こえない。一時的なものかもしれない。けど、本当に俺の身体の中にテラが溶け込んでしまっているのだとしたら、きっと竜化できるはずだ。

 皮肉だ。ついさっきまでは、人間の姿に戻りたいとばかり思っていたのに、戦いが始まった途端竜化したいだなんて。

 身体も全部レグルノーラに持ってきて、失うものは何もなくなって、追い詰められるところまで追い詰められて、俺はとうとうおかしくなってしまった。

 右腕に文字を刻まれたときから、俺は徐々に理性を失ってきたのかもしれない。自分の身体がどんなに傷つこうとも、とりあえず目の前の事態を収拾しなければならない使命感だけどんどん大きくなる。

 逃げたくはない。逃げたら何も変わらない。どんなに力を持っていようとも、逃げてしまえば持たないのと同じ。覚悟をしたことすら全て消えてなくなってしまう。

 今の俺を美桜が見たら、あのときみたいに泣くのだろうか。そんなことをしてまで戦うなと泣くのだろうか。

 それでも、後戻りできないところまで来ている。

 今はただ、この巨人をぶっ倒して、ノエルを落ち着かせなければ。


 竜石よ、力を解放しろ。

 俺を竜に変えろ。


「うおぉぉおぉぉおおぉぉおおお!!!!」


 身体の底から力を絞る。力という力を竜石に注ぎ、力の解放をイメージする。

 頼むぜ、貧困な俺の想像力。イメージの具現化に最も必要な想像力は、度重なる戦いでいい加減鍛えられてきたはずだろ!

 力を込めて拳を握る。その両手を竜に変えろ。そして足。踏ん張れるよう、こっちもキッチリ竜化するんだ。それから背中の羽と胴体。全身竜化は必要ないが、せめて身体を守る防具を。ま、内臓の方はもう、やられてしまった気もするけれど、潰されてしまう前にどうにか。

 額が熱い。

 竜石からどんどん熱いモノが全身へと流れていく。

 頬を伝い、首を伝い、胸へ、腕へ、指先へ。脊椎を通り、足へ、足先へ。

 自分の身体が真っ赤な光を帯びているのに気付く。竜石の赤だ。

 腕が竜化した。胸には装甲が。背中には羽の感触。

 驚いたのか、巨人が一瞬力を弱めた。この隙だ。


「うりゃぁぁあぁぁぁああ!!」


 竜化した腕と足で巨人の指を押し広げる。身体と巨人の指の間に隙間ができた。行ける。

 ぐんと思い切り背を伸ばす。羽がバサッと動き、身体が上昇した。――逃れた。

 再度捕まらぬよう、大きく後方へ。空中で息を吐く。


「な、何とか、間に合ったか……」


 本当は全然間に合ってない。巨人の爪が服を裂き、皮膚に食い込んで腹と背中から血が出てる。興奮状態で痛みを感じないだけで、傷は結構深そうだ。それに、口の中は血の味で満たされている。度重なる攻撃で、内臓がどこかやられてしまったらしい。

 治癒……とか、どうするんだ。

 口からあふれ出す血を手首で拭いながら考える。


「いや、それより倒す方が先」


 一度は怯んだ巨人だが、棍棒を拾い直し、顔を炎で焦がしながらも敵意を見せている。


「ようやく竜化した姿を見せたな、悪人面。竜化なんて所詮ハッタリじゃないかって疑い始めてたところだ」


 右手を見ると、相変わらずニタニタと笑っているノエルが見えた。

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