拒絶4

 公園の森に隠れるように配置された宿舎からは、白く高くそびえる塔と、背の高いビルのてっぺんくらいしか見えなかった。まるで小さい団地みたいな不思議な空間で、プライバシーに配慮しているのか、戸建て宿舎は特に背の高い木々や塀で囲まれていた。

 虹色をイメージしたと思われる宿舎は、赤、橙、黄、黄緑、緑、青、藍、紫と八つの色の名前が付けられていた。灰色のイメージしかないレグルノーラに虹の概念があるのかと不思議にも思えたが、プリズムなんかもあるのだろうし、彼らの身に着けている衣服や様々な乗り物、食べ物などの色は“表”と違わぬ鮮やかさなわけだから、気にするほどのことではないのかもしれない。

 西ヨーロッパを思わせる落ち着いた橙色の壁と赤レンガの屋根は、きっと日の光が差したらもっと美しいだろうに、相変わらずの曇天の上、おそらく日が落ちてきていて少し薄暗くなってしまった状態ではなんだか寂しげにも見えた。

 モニカの主導で中に入り、広いリビングダイニングにたどり着くと、ノエルは俺より先に大きめのソファに体を預けた。天井を仰ぎ見て、年寄りのように長いため息をつくあたり、本当に可愛くない。

 借りた本をローテーブルに置いて、肩の凝りをほぐしながら、ぐるっと室内を見渡した。

 備え付けの家具はどう考えても高そうなものばかり。一時的とはいえ、ここで生活することになるのかと思うと、気が滅入る。


「必要なものは各々持ってくるとして、部屋を決めたり、生活するうえでの最低限のルールを決めたりする必要はありますよ」


 年長者らしく、モニカは俺とノエルに話しかけてきた。


「救世主様、ご自分の身の回りのもので必要なものはいかがなさいますか」


「――ブッ。きゅ、“救世主様”って! モニカはこの悪人面をそう呼ぶつもりかよ」


 ソファの上でノエルが盛大に噴き出した。


「いけませんか」


 モニカが眉をヒクヒクさせ、ノエルを睨み付ける。


「何にもしないウチから“救世主”だなんておこがましい。せめて数体半竜人を倒すだとか、ダークアイを殲滅させるだとか、そういう功績を作ってから名乗って欲しいと思うけどね。ディアナ様の手前、あれ以上言えなかったけど、オレはこの悪人面のこと全然信用してないんだ。モニカだって、半信半疑なんだろ。媚びる必要はないと思うけど」


 言いたいことはよく分かる。が、俺は自分から名乗ったことは一度もないわけで。などと今のノエルに言ったところで、理解などされないだろう。

 わかっていたから俺は何一つ言い返さなかったのだが、モニカはカチンときたらしい。ノエルの真ん前に仁王立ちになり、腕組みして見下ろしている。


「そういう言い方は良くないと思います。あなたがいくら塔で一二を争う能力を持っていたとしても、他人を侮辱するような物言いは賢明ではありませんよ。謝りなさい、ノエル」


「うるさいなぁ。そうやって良い子ぶる方が賢明じゃないと思うけど? 塔の権力者たちの前じゃないんだからさ。思ったことを思った通りに口にすればいいじゃないか。他人のご機嫌を伺うような真似、悪いけどオレにはできないね。信用できないんだから信用できないって態度で示してんだよ。本当に力があるってんならさ。そこの悪人面、オレと勝負しろよ。それでオレがぐうの音も出ないようだったら、今度こそ信用してやる。膝を折って忠誠を誓ってやろうじゃないか」


「あ……なた、ねぇ!」


 確かディアナには、オレが暴走したときのストッパー的な人物をとお願いしたような気がするんだけど。それに、『大事な“救世主様”に粗相などないようにしなくては』って言ってたような気が。あれ……? 気のせい?

 あんまり考えたくなかったこの展開。俺は明後日の方向を見て知らんぷりを決め込もうとしたんだが、当然そういう風にはいかないようで。

 ソファでふんぞり返っていたノエルが、いつの間にか真ん前にいて、凄い剣幕で突っかかってきた。


「その肩書きが気にくわないって言ってるんだ。それともアレか。オレには勝てないから勝負はしないってことでいいんだな?」


 め、面倒くさい。とんでもないトラブルメーカー押しつけて来やがったな、ディアナの奴……!


「だ、誰もそんなことは言ってないだろ。もうちょっと温和に」


「なれないね。温和に? ハンッ。馬鹿馬鹿しい。この世界の運命を預ける人間がどんなかハッキリとした力も示されないうちに、どうやって納得できるかって言ってるんだ。竜と同化した力……それが本当だとしたら何故地下牢に大人しく閉じ込められてたんだ? 額の竜石も、腕の刺青も仰々しいだけの単なる飾りなんだろ。ディアナ様は騙されてる。こんな奴が居なくったって、塔の力だけでかの竜を止めることは可能なはずだ……!」


 幼いなりにも、ノエルは確固たるプライドを秘めている。彼にとっては、どこの馬の骨ともわからない男に仕えること自体、屈辱に違いない。

 面倒なことは嫌いだし、話し合いで解決できるならそれに越したことはないんだが。

 ディアナの手前、しっかりと自分の力を示す必要もありそうだ。


「全然、気は進まないんだけど」


 俺は深くため息をして、ノエルの目を見た。彼は真剣だ。真剣に、俺に嫌悪感を抱いている。


「それで納得するなら、受けて立つしかない、か」


 諦め半分に言ったのがまた、ノエルの逆鱗に触れた。


「そういう態度がムカつくって言ってるんだ。表に出ろ……!」


 おいおい、嘘だろ。マジでやるのか。

 でもなんか、既視感がある。これは確か、砂漠の帆船でも似たようなシチュエーションに。

 なんでこう、俺って奴は面倒なことに巻き込まれていくんだ。

 バリンと、庭に続く掃き出しの窓が勢いよく割れた。いつの間にかノエルの手には短めの杖が握られている。

 コイツは本格的にヤバい。


「聞こえなかったか。表に出ろ」


 ノエルは俺を蔑んだように睨み付けていた。

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