88.怒りの巨人
怒りの巨人1
夕暮れ時に近づき、外はだいぶ暗くなってきていた。木々の間にポツポツと街灯の丸い明かりが漏れ、柔らかく周囲を照らしている。万年曇天で星明かりすらないこの世界では、人工の光が頼りだ。
庭先を照らしているのは、橙の館から漏れた光だけ。手入れの行き届いた芝生状の草の上、俺は逆光に浮かぶ小さなシルエットにギリリと歯を鳴らした。
「ただでさえ“表の干渉者”は気にくわない。どいつもこいつも、自分の世界ではまともに“力”すら使えないクセに、“こっち”では我が物顔だ。本当は大した力もないクセに、伝説を盾にして“救世主”気取りの干渉者がどれだけいたか。口だけじゃない真の“救世主”ならそれ相応の力は持っているはず。竜と同化だなんてあり得ないことを堂々としてのけるくらいだ。ディアナ様の言葉が本当なのだという証拠を見るまで、オレはお前のことを絶対に“救世主”だなんて認めない」
庭に迫り出たデッキに立ち、ノエルはそう吐き捨てた。
怒りのオーラが濃い紫色の光を帯び、天に昇っている様にも見える。小柄な身体のどこからそんな強いモノが湧きだしてくるのかと、秘められた力の強さに息を飲んだ。
「やめなさい、ノエル。ここをどこだと思ってるの。塔の要人が気付いたら只じゃ済まないのがわからないの?」
止めようと手を伸ばしたモニカを、ノエルは突き飛ばした。
「相手のご機嫌ばかり覗って何が楽しい。オレは本当に強いと認めた奴にしか従えないんだよ」
床に転げたモニカは困惑の表情を浮かべ、
「もう、勝手にして!」
と頭を抱えた。
俺も、頭を抱えて縮こまりたい気分だ。
今までいろんな奴の怒りを買ってきたが、ノエルはその中でも抜きんでてタチが悪い。こうなったにはこうなったなりの理由というモノがあるのだろう。
例えば、幼くして能力を発揮した彼に周囲がどう対応してきたか。大人たちの中でどんな鬱憤を抱えながら成長したのか。俺と暮らせだなんて無謀なことをディアナが言い出すからには、彼にはもしかして保護者的なものは存在しないのではないだろうかという邪推。
しかし、ここで何を考えようとも今激しい敵意を浴びせられている事実に変わりはない。とにかく、どうにかしてノエルを落ち着かせなければならないわけだが。
「手は抜くなよ。それに、わざと負けたり逃げたりするようなことも絶対に止めろ。オレは干渉者協会のランク付けや単なる噂、肩書きや竜石ごときに惑わされたりはしない。本当の力を見せろ。納得できたら、お前のことを名前で呼んでやるよ、悪人面!」
相手は年下。普通なら理性が牽制して身体が拒んでしまうところ。手を抜くな、か。痛いところを突く。
スッと、ノエルが杖を前に突き出した。魔法陣が描かれる。緑色の光――援護系、にしては濃い緑色。二重円の間に書き込まれていく文字。
――“巨大なる我が化身、目の前の敵を撃破せよ”
読めた。
目に映るのは幾何学模様状の不思議な文字列なのに、しっかりと中身が読み取れた。これが竜石の力か。――なんて、感心している場合ではない。
緑色の光が庭に巨大なシルエットを作り上げていく。二階建ての屋敷より大きく膨れあがった光は、やがて人型を形成した。筋肉隆々で上半身が異様にデカい化け物は、ググッと腰を曲げ、俺の顔を覗き込んでくる。
「じょ、冗談だろ」
思わず口から出てしまうほど、そいつはデカかった。
巨大な目、丸い鼻、大きな牙、とがった耳にスキンヘッドの頭。袈裟懸けにした布を上半身に纏い、腰布を捲いたそれは、トロルに違いなかった。頭の悪そうな顔をしているが、決してあなどってはいけない巨人。そいつが真ん前に現れて、棍棒を右手に立ちはだかったのだ。
ただ、いつも出会う魔物とは全く違う空気を纏っているのが気に掛かる。魔物独特のモノではない、どちらかというとノエルそのもの。彼と同じ紫色の光を纏っている。
「こういう魔法は初めて見たって顔してるな。自分の力を魔物の姿に変えるだなんて、年寄り連中はやろうとも思わない。見たことがなくて当然だ。さあ、オレの巨人を倒して見せろ」
ノエルは既に勝利を確信した様に高笑いした。
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