拒絶3

「気に入らないな」


 ディアナの部屋を出るなり、開口一番ノエルが言った。

 子供にそんなことを言われても正直返答に困る。苦い顔をしていると、隣でモニカが、


「気に入る気に入らないで判断しているウチは子供よ」


 と笑った。


「うるさいな。第一、救世主と言うからにはもっとシャンとしたヤツに違いないと思うじゃないか。それがだよ。頼りがいがあるのかどうかさえ怪しい悪人面だなんて、納得がいかないね。ディアナ様が言うように、本当に竜の力なんか閉じ込めているのかも怪しい。実戦経験がどんなもんか知らないけど、かの竜を倒せるような力を持っているのかどうかわかったもんじゃないと思うよ」


 両手を腰に当て、ノエルはさも偉そうにに突っかかってくる。


「コラ、あなたって子は。失礼よ。初対面なのに」


 モニカが見かねて注意するも、ノエルは全く態度を変えようとはしなかった。

 俺は分厚い本を片手に抱えたまま、もう片方の手で頭をさすった。


「あぁ、俺自身、自分にそんな力があるのかどうかと疑ってるくらいだから、お気遣いなく。えっと……、モニカ、とノエル。改めてよろしく頼むよ。俺のことは適当に呼んでくれて構わないから」


「んじゃ、“悪人面”って呼ぶよ」


「ノエル!」


 ハハ……。“悪人面”、ねぇ……。

 生意気盛りの少年が何故に“塔きっての能力者”なのかも気になるところだが、俺の認識なんてそんな程度だよなと思うと少し落ち込む。

 ため息を吐き肩を落としていると、廊下の両脇に並んだ事務室の一つから女性が一人現れた。さっき廊下で書類を広げてしまった彼女だ。


「リョウ様、モニカ様、ノエル様。ディアナ様より鍵をお渡しするようにと言付けを預かっております」


 女性は恥ずかしそうに顔を赤らめて、震える手で俺に鍵と紙を渡してきた。


「ありがとう」


 軽く礼を言うと、女性は深々と頭を下げて足早に事務室に戻っていった。

 なんだろう。一般人と能力者の態度の差が激しい。もしかして、能力者には力の不安定さが見透かされているのだろうか。


「地図、貸していただけますか」


 モニカに言われ、紙を渡す。どうやら、塔から宿舎までの簡易地図だったようだ。公園通りを右手にしばらく行くと、塔で働く人たち専用の宿舎があるらしい。木々に囲まれ、ちょっとした訓練施設も併設されている。宿舎は集合住宅が二つと戸建てが八つあるようだが、戸建ての方はまるで別荘のように広い敷地に囲まれている。奥から数えて二つ目のところに赤で丸印が書いてあった。


「待遇が違いますね、さすがは救世主様」


 地図を見て、モニカはため息を吐いた。


「私たちなど集合住宅が精一杯なのに。戸建ては余程の肩書きの人しか入れないんですよ。私は近づくのさえ初めてで……ドキドキしますね」


 ディアナなりに気を遣ってくれた、ということで良いんだよな。


「近道しましょう」


 モニカはニコッと笑い、足元に魔法陣を描き始めた。二重円の真ん中には細かい星模様が沢山ある。なかなかに可愛らしいデザインだ。レグル文字で移動先を書き込む。


――“公園通り宿舎二号橙の館へ”


 あれ。読める。


「手を」


 モニカが差し出した手に、そっと手を乗せる。


「はい、ノエルも」


 俺が触ったのとは逆の手に、ノエルも触る。

 魔法陣が光り輝き、俺たちは吸い込まれるように転移した。





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