【20】帰郷困難

84.分離不能

分離不能1

 密着していれば巻き込まれるってことは何となくわかっていた。

 けど、倒し方のわからないリザードマンに対処する方法はこれしかないわけで。

 殺してはいけない相手と戦うことの難しさを痛感する。

 畜生め。卑怯だ、卑怯すぎる。

 このまま無理やりレグルノーラに飛んで、果たして古賀とリザードマンは分離するのかどうか。

 魔法がきちんと発動するなら、少なくともリザードマンはレグルノーラに送られるはず。その先のことは、“向こう”に着いてからだ。





………‥‥‥・・・・・━━━━━□■





「うわぁぁあぁぁあああ!!!!」


 つんざくような男女の悲鳴が曇天下に響いた。

 周囲は瓦礫の山――、ダークアイの度重なる出現で破壊された街。数体の翼竜と十数人の人影のど真ん中に、俺たちは転送されていた。

 揃いのシルバージャケットを着た市民部隊員らは、こっちを見るなりこの世の終わりを見てしまったような顔をして叫び声を上げた。ひっくり返ったり、抱き合ったり。明らかに好意的な反応ではなかった。

 リザードマンを雁字搦めにしながら転送された――というのも、一理あったかもしれない。テラが言うには、どうやら半竜人というヤツはかの竜の手先という位置づけらしいからだ。だが、それだけが原因ではないことは直ぐにわかった。リザードマンの両肩を締め上げている俺の腕が、まだ竜化したままだったからだ。

 人間でもない、竜でもない。半端な状態だからこそ気味が悪い。さっきの美桜や須川と同じ反応だ。


退いてくれ!」


 とは言ってみたものの、言う前から明らかに皆距離を取った。ま、当然と言えば当然の反応。心がチクチクと痛み出す。結局、どっちの世界に居たっておんなじか。

 一瞬、力が抜けた。その隙を、リザードマンは見逃さなかった。

 両肩を大きく開き、腰をグルッと回して尻尾を大きく振る。その勢いで、俺は瓦礫の中に放り投げられた。背中から瓦礫に打ち付けられ、転がる。痛い。竜化しているとはいえ、建物の崩れた外壁は確実にダメージを与えてくる。


「とんデもないことヲしてくレたナァ、来澄」


 肩で息はしているものの、ダメージらしいダメージを受けた様子はない。リザードマンはブルブルッと身体を震わして、鼓舞するように何度か槍を振り回した。


「かの竜ガ何故お前ヲ殺さヌよう指示ヲ出されタのかハわからナいが、お前ハ確実ニ、邪魔者ダ。息の根ヲ止めタいとこロだガ、せめテ虫ノ息くらいニしておかなけレば、俺ノ気ガ済まナい」


 起き上がろうとする俺の真ん前に、リザードマンは槍先を突きつけた。

 爬虫類の目がギラリと光る。

 周囲には市民部隊、攻撃を避けたらきっと彼らにも被害が及ぶ。まだ原形を留めているアパートやビルが道路の両側にボツボツと並んだ場所では、激しい戦いは難しそうだ。竜化した俺のことをリザードマンと同一視されていたとしたら、逆に攻撃されかねないし。さて、そろそろ詰んだか……。


「表の……干渉者?」


 誰かが言った。


「キャンプで戦っていた、噂の」


「竜と同化できるのは本当だったのか」


 聞き間違いじゃない。確かに、そう言っている。


「凌、なのか」


 名指しで呼んだのは、翼竜の背にいた男だった。褐色の肌、黒い短髪には見覚えがある。


「ライル……?」


 第一部隊、竜騎兵の隊長をしている男の名を、俺は恐る恐る呼んでみた。ライルは目を丸くして、


「随分、印象が変わったな」


 と言う。

 そりゃ当然だ。ダークアイと初めて遭遇したあのとき、俺はまだ何も知らなかった。まともに魔法を使うこともできなかった。それが、半端に竜化した状態で現れたんだ。驚きもする。


「いろいろあって。説明すると長くなる。それより今は、コイツを」


 市民部隊員の剣や銃が、リザードマンに一斉に向けられる。

 おやおやとリザードマンは苦笑いし、わざとらしく両肩を上げて見せた。


「良いノか、来澄。俺ガここデ死ねバ、古賀明も死ぬンだぞ」


「俺の身体も古賀の身体も、本体は“向こう”、だろ。今頃“向こう”じゃ、俺と古賀が気を失って」


「――残念。お前ノ思惑通りニは事ハ運ばナい。言ったはズだ。俺はかノ竜の使いでアリ、古賀明でモあると。強制転移で引き剥ガそうとしたノだろウが、そう上手くハいかナいんだよ」


 思考回路が止まる。

 待て。

 どういうことだ。つまり、目の前に居るのはやっぱり物理教師古賀明自身ってことなのか。

 だとしたら、攻撃なんて。


「――や、止めてくれ。攻撃は、止めてくれ」


 俺は急いで立ち上がり、リザードマンを背に両手両足を目一杯に開いた。

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