決死の覚悟2

 少なくとも、テラは半竜人の存在を知っているらしかった。そして、倒し方も。とくれば、何か彼らの弱点を知っていても不思議じゃない。きっと知っているに違いない。


「リザードマンの急所は?」


「さぁ、どうだろう。さっきも言ったとおり、心臓をひと突きすれば倒せるんだが」


「それじゃダメなんだよ。せめて、古賀とリザードマンを引き離したい。……なんて、無理か」


「半竜人単体なら、レグルノーラに魔法で強制送還させる方法もある。問題は、君と私のように分離可能な同化なのか、それとも引き剥がし不能な状態――要するに彼そのものが変化へんげしている状態なのかどうかということ。前者ならば引き剥がした後に半竜人を送り返せば良い。後者ならば、その方法は難しい」


「……クソッ」


 思わず口から漏れた。

 結局これじゃ、どうにもできない。

 本物の古賀がリザードマンで、かの竜の手先だなんて。しかも、俺たちが余計なことを知られまいと取った行動で、完全にブチ切れている。戦闘面で頼りになる陣はレグルノーラに戻ってしまうし、美桜と芝山の体力も限界に近い。


「今の状態でレグルノーラに送ったらどうなる?」


 恐る恐る尋ねると、テラは大きく目を見開き、


「まさかあの状態で送り返そうと? どうだろう。やったことはない。通常、干渉者は元居た世界に本体を置き去りにする格好になるはずだが、まさかその方法を使って無理やり引き剥がそうとしているのではないだろうな」


「その、まさかだよ」


 言った口が震えていた。けど、他に方法が思いつかない。

 とにかくこの場をどうにかしなければならない。

 リザードマンと化した古賀にどう魔法をかければ良いのか、果たして大人しく魔法にかかってくれるのか、さっぱり予想が付かないのは本当だ


「『やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が良い』か。美幸の口癖だった。了解。君に懸けよう」


「で、具体的にどうすれば」


 と、ここまで言ったところでテラの姿がふと消えた。かと思うと、身体が急に重くなる。


『私と君とで半竜人の動きを止めるしかあるまい』


 なるほど。そういうこと?

 “裏”でもないってのに、テラは何の躊躇もなく俺の身体に入り込んだ。けど、不思議なほど違和感がない。寧ろ待ち望んでいたかのように、受け入れ体勢は万全だった。

 身体がすぐに竜化していくのがわかる。初めて魔法陣を教わったときのように、身体の内側から指先に向け、両腕がまず鱗で覆われた。上半身が盛り上がり、Tシャツが破ける。背中にもビリッと亀裂が入ったところを見ると、どうやら背骨のあたりにはヒレが生えたらしい。太ももが膨れあがり、足の形が変化した。ジーンズが堪えきれずにビリッと破ける。つま先が鉤爪に変わり、スニーカーが破裂した。

 思った以上の肥大化に驚いていると、


「キャア……ッ! な、何コレ……!」


 須川の悲鳴。

 そういや、帆船の甲板で同化したときも、船員たちに悲鳴を上げられた。よっぽど禍々しく見えるんだろう。ふと窓ガラスに目をやると、うっすら自分の姿が映っているのに気付く。

 顔の形は殆ど変わりないが、首から下はまるで目の前のリザードマンと瓜二つ。ヤツと違うのは鱗の色。向こうは深緑に鉛を足したような色だが、こっちはテラがベースだからか金色だ。あとは、完全に化け物の姿をしているか、半端に化け物になったように見えるってことか。

 初めて……自分が同化した姿を見た。

 ヤバイな。動揺する。

 こりゃ確かに、おさが『お前が“悪魔”じゃないのか』なんて言うわけだ。悔しいが納得した。


『どうした、凌』


「いや、ちょっと。ほんのちょっと驚いただけ」


 そうさ。どうせ元々容姿には自信がない。人相が悪いと散々言われてきたんだ。今更何を言われたって気にするべきじゃない。


『後ろから羽交い締めにし、動きを封じる方法でどうだ』


 テラの声が頭に響く。


「ラジャ」


 うんと足に力を入れ、思い切り踏み切った。背中に小さく羽があるらしく、空を斬る感触がある。バサバサッと軽く羽を動かして勢いを付け、一気にリザードマンの真後ろへ。

 敵は気付いていない。このまま脇の下に手を入れ、羽交い締めすれば。思ったが、


「凌……? なの?」


 美桜が動きを止め、俺を見てしまった。剣を落とし、目を丸くし、青ざめた顔をして。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る