83.決死の覚悟

決死の覚悟1

 テラの言う“昔”が、どれくらい昔なのかはさておき。

 もしその言葉が本当なのだとしたら、かの竜は混沌を望んでいる。


「“表”と“裏”の区別が付かなくなったら……、どうなるんだよ」


 言いながら、自分の顔が引きつっていることに気付く。

 テラはそんな俺の顔とリザードマンを鋭い目で交互に見ながら、


「“こういうこと”が、日常的に起きるようになるのではないか? 私の認識が正しいならば、本来“表”では魔法も使えなければ魔物も存在しないはず。“ここ”が本当に“表”なのだとして、今こういう状況に陥っていること自体が、かの竜の望む姿に近づいているのではと、私はそんな気がしてならないが。君は、どう思う」


 確かに、テラの言うとおりだ。

『以前より“こちら”で力が使いやすくなったような気がするの』と美桜も言っていた。『かの竜が現れたことと、“あっち”でも“力”が使えるようになっていることと、何か関係があるんじゃないのか』と、リザードマンに変化へんげする前の古賀が言った。『かの竜の力は確実に、その血を引く美桜にも影響を与えてる』と、俺も陣に話した。

 “二つの世界の混沌”を望むかの竜は、着実に力を増大させ、その血を引く美桜にも影響を及ぼし、ゲートを広げ、手下を送り込んでいる。

 ゆゆしき事態だ。

 額からあごに向けて、つうと汗の滴が垂れた。


「“表”だけでも“裏”だけでも問題は解決できない。一つずつ解決していくしかないってことじゃないの」


 美桜が言う。

 全く、その通り。

 言うだけなら簡単だ。問題は、それをどう実行するかで。


「まずは、目の前の敵を」


 サーベルを杖代わりに、よろよろと芝山が立ち上がる。


「須川さんも、力を貸してくれる? さっき来澄の魔法陣に力を注いでたみたいに、ボクや美桜にも力を分けてくれたら嬉しい」


 ズレた眼鏡を直しながら須川に頼むと、彼女は俺の直ぐ隣で、戸惑いながらも深くうなずいていた。


「フン。頭数ダケ揃っテいても、勝てルとハ限らナいゾ……?」


 無表情のリザードマンが、ニヤリと笑ったように見えた。

 ブンと空を斬る音と共に、敵の槍先が円弧を描く。避けようと後方に仰け反ると、うっかり須川に肘が当たった。体勢を崩した須川が窓枠に腰をぶつけるのが見えた。


「うわっ、ゴメ……」


 謝るタイミングもそこそこに、次の攻撃。高速で槍を突いてくる。右に左に咄嗟で避け、これ以上須川に攻撃が行かないよう、徐々に窓際から離れる。


「来澄、退け!」


 丸腰の俺を見かねてか、ボロボロの芝山が前に出た。サーベルの剣先が槍を払う。――突く、が、リーチが足りない。装甲を掠めるのみで、まるでダメージが入らない。懐にでも上手く入らなければ、確実にダメージを入れることは難しいだろう。できれば、の話だが。

 と、今度は美桜がリザードマンの後方から斬りかかる。が、気配を察知し、敵は上手く攻撃をかわした。またも長い槍が大きく動く。ビリッと音がして、美桜のスカートの裾が切れた。怯まずもう一撃。しかし、やはり体格差でまったく攻撃が当たらない。

 動けば動くほど、体力を削られるだけに見える。魔法をブッ放つにしても、部屋が狭すぎて限界がある。この間の美桜の部屋みたいに異空間と繋がって奥行きがあるようならともかく、今回は会議室という閉じられた空間、しかもこの大人数。どう考えても手詰まりだ。

 テラを目で探した。

 力を注げと言われて必死に両手を芝山と美桜の方に向ける須川の側で、テラは周囲の様子を覗っていた。竜の姿に戻れば会議室を塞いでしまうし、あんななりをしておきながら、人間の姿では戦力にならない。呼んでおきながら、果たしてどうやってこれから形勢を逆転すべきか迷ってしまう。

 俺が武器を持って戦うとしても、古賀の肉体を傷つけすぎて命に関わるようなことになってはいけないという妙な牽制がかかるだろう。そしたら結局、美桜や芝山みたいに自分の体力を消耗することしかできない。これじゃ堂々巡りだ。

 こういうとき、どうする。

 相手を殺さずして、封じ込めるような策はないのか。

 おい、テラ!


「同化しているとき以外は口で言え、口で」


 目線に気付いたらしい。赤い目でギロリと睨み返される。


「相手に気付かれないようにと思ったんだよ。策はないのか、策は」


 そろりそろりと会議室の隅まで移動し、テラに耳打ち。それを、須川も手を止めてこっそり……、寧ろわかりやすいように身を乗り出して聞いている。


「半竜人を倒すなら心臓を狙うしかない。装甲ごと身体に大穴を開ければ良い」


「できるならそうしてる。問題はそこじゃなくて、どうしたら相手を殺さずにこの場を収集できるかってこと」


「……意味がわからない。完全に息の根を止めなければ、また襲ってくる可能性が高いのだぞ」


「“表の人間”の中にリザードマンが入り込んで身体を乗っ取ってる状態って言えばわかる? しかも犠牲になってるのが、よりによってウチの学校の先生だった。家族も居る。“裏”みたいにはいかないんだ」


「面倒だな」


 チッと舌打ちし、テラはリザードマンを睨み付けた。

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