打つ手なし4

 ガチャリとドアが内側に開いた。



「ちょっと困るんですよね。他に利用者がいないとはいえ、もう少し静かにしていただかないと。ここは住宅街なんですよ」


「勉強会をすると言うからお貸ししたんです。勉強してるにしては音は大きいし、変な物音はするし、一体何をしてるんです」


 二人のじいさんがそれぞれに口にする。

 リ……ザードマン相手に?


「すみません。勉強会はしてたんですが、ちょっといざこざがあって。今落ち着いてきたところですから。あ……ご心配なく、綺麗に掃除して帰りますから」


 古賀……の、声だ。言い回しが戻っている。


「全く。頼みますよ。今日は先生も付いてくるって聞いてたから安心してたのに」


「本当に申し訳ありません。注意しますので」


 恐る恐る目を開ける。あのシルエットは……、いつもの古賀だ。

 パタンとドアが閉まると、再びシルエットが変わる。――リザードマンに。


「おい……どういうことだよ。じいさんたちにはこれが見えてなかったってことか?」


 身体を起こしながら、改めて会議室を見まわす。やっぱり酷い有様だ。なのに、じいさんたちは何も言わなかった。


「陣のシールド魔法ガ効いテいたのダ。シールドの向こう側からハ惨状ガ見えナい。陣ハ音モ漏れヌよう、もう少シ強いシールドヲ張るべキだったナ」


 グワッと大きな鰐口を開けると、宙に赤黒い魔法陣が浮かんだ。文字が光り、パンと弾ける。


「これデ、外界とハ遮断されタ。さァ、どうスる? 未熟ナ干渉者ドモ」


 コイツ……、リザードマン自身は魔法が使えるのか。古賀とどのくらい意識を共有しているのかわからないが、俺たちの前で魔法は使えないと言っていたのは、もしかしてこの姿にならないと上手く力を使えないからではないか。

 冷や汗がたらりとあごを伝った。

 シールドで囲まれたとはいえ、ここは“表”。つまり、まともに戦えるのは恐らく俺と美桜だけ。芝山は“裏”なら強いが、こっちじゃ只のガリ勉君だし、須川はあの暴走していたときを除けば実戦経験もない。

 マズい。非常にマズい。

 殺人だと脅されれば、確かに手の出しようがない。しかし、正当防衛って言葉もあるよな。この場合、それが適用されないか? ……なんて、レグルノーラから紛れ込んできた化け物にそんな言葉が通用するわけないが。

 戦う気はあるかと美桜に目配せする。美桜も美桜で俺の出方が気になるらしく、目が合った。二人、リザードマンの動きを覗いながら、少しずつ近づいていく。倒されたテーブルや椅子の上を慎重に移動し、ようやく美桜の直ぐそばまで辿り着いた。


「強力な結界を向こうが張ってくれたのだから、思い切って暴れまわるってのはどう?」


 背中合わせに、美桜が言った。


「なるほどね。で、勝算は?」


「あるわけないでしょ。凌こそ、何か良いアイディアないの?」


「あったらどうにかしてるけど」


「ま、そうよね」


 リザードマンの皮膚は硬い。全身鱗に覆われ、陣の魔法剣でもまともに傷を付けることができなかった。防具は装備しているが、最低限。つまり、その最低限の部分が弱点かも知れないということは確か。胸当て――心臓か。どの生き物だって、おんなじだ。けど、そこを狙えば古賀が死ぬ。


「今日はまだ力に余裕、あるわよね?」


「ま、まぁ。そこそこは」


「なら、こういうのはどう? レグルノーラから助っ人を呼ぶ」


「助っ人?」


 おいおい、なにを言い出すんだ。悪いけど、助けてくれそうな人なんかどこにも。


「深紅を呼べば」


「ハァ?」


 思わず声を荒げ、慌てて口を塞いだ。

 ちょ、ちょっと待てよ。それってもしかして。


「テラのこと?」


 うなずく美桜。


「噂を耳にしたのよ。『表の干渉者の中に、竜と共に戦う人間が居る』って。私、話を聞いて、それってもしかしたら凌のことなんじゃないかしらって、思ったのよね。あなた最近、陰でコソコソと活躍してくれているらしいし。それに、噂の干渉者とよく似てる」


 マジか。噂になってるなんて、聞いてないぞ。

 それこそあのドレグ・ルゴラと対峙したキャンプでの出来事が拡散したと考えて間違いないだろうな。後にも先にも、派手にやらかしたのはアレだけだ。


「テラは竜だぞ。人間の姿にはなれるけどさ。“こっち”になんか呼べると思うか?」


 馬鹿にするなよと半笑いで返すが、美桜は真剣だ。


「呼べるわよ。ドレグ・ルゴラとやらがリザードマンを派遣してるくらいよ? 竜ぐらい、呼べるんじゃないの?」


 根拠がないにしては、自信たっぷりの言い回しだった。

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