急接近3

 美桜はハッとして、それから肩を落とし、ゆっくりと息を吐いた。そして深々と頭を下げ、


「この間は……ごめんなさい。どうにかして謝らなきゃって思ってたんだけど、どうやって謝ったらいいかわからないし、メールでも打とうかな電話しようかなってスマホ持っても踏ん切りが付かなくて、なら来て直接謝った方がスッキリするかなって……、飛び出して、来ちゃった。本当はもっと早く来てたんだけど、家の前に着いたら着いたで、どういう顔をしたらいいのかわからなくて不審者みたいに何度か行ったり来たりして、二階の部屋から凌の顔が見え隠れして、ああここで間違いないんだって表札も何度も確認して、近所のおばさんからも変な目で見られるし、それで思い切ってチャイムを押したの。もう……、何日も経ってるし、謝るなら本当は翌日とか、翌々日とか、とにかく早いに越したことはないって分かってたんだけど、私自身心の整理が付かなくてこんなに遅くなって……。ごめんなさい。言葉が、まとまらない」


 美桜は伏し目がちに一気に話した。

 口をへの字にひん曲げて、目を潤ませて。

 まるで俺が悪いことしたみたいな。


「別に謝んなくてもいいって。それより、飯田さんにはちゃんと話した? 一番、話さなきゃいけない相手だろ」


「うん……、少しは」


「少しってどれくらい? レグルノーラのこととか、自分の母親のこととかも、ちゃんと話したんだろうな」


「は、話したわよ。でも突拍子もなくて、飯田さんのお歳だとやっぱり理解が難しいっていうか、ずっと首を傾げていて、わかってくれたのかどうか私には分からなかった」


「そりゃ最初から全部理解してもらうのは難しいよ。俺だって最初の頃は何が何だか全然わからなくて苦労したし。一気に話そうとしないで、毎日少しずつ話すとかさ。少しでも理解してもらって、飯田さんに余計な心配掛けないようにしないと。喋るのと喋らないのとでは、やっぱり違うと思うからさ」


「うん……」


 美桜は肩をすぼめて静かに息を吐き、ジュースを一口含んだ。


「ありがとう」


「へ?」


「凌に話したら気が楽になった。最初から相談すれば良かったなって、今更のように思い知らされた。誰かに頼るとか、助けてもらうとか、そういうのはあまり良くないことだって思ってたから。一人ではどうにもできなくなる前に、誰かを頼ればいいのよね。話すべきことはきちんと話して、周囲に理解してもらうことも大切なのかもって、今回のことで深く反省した。ありがとう、気付かせてくれて」


 また、深々と礼をする。


「いや、俺は特に何にもしてないから」


「ううん」


 美桜は首を横に振る。


「状況を把握して直ぐに戦ってくれたじゃない。それに、あの魔法も。なんだっけ、魔法陣読んだんだけど、忘れちゃった。竜がどうの……、内容はわからなかったけど、力が湧いて、身体が軽くなって、凄く助かった。どこで覚えたの? 凌がいつも刻む言葉とは違う方向性のものだったし、誰かから教わったの?」


「え、あー……、そう。教わった。とある人物から」


「その人には感謝しなくちゃね。疲れも早く取れて、あの日はぐっすり眠れたの。いつもなら身体中痛くなって、なかなか寝付けなくて大変なんだけど。また、何かあったときは頼むね」


 出所は不穏だが、あの補助魔法は美桜にとっていいものだったということで間違いなさそうだ。ジークはいい顔をしなかったが、美桜がそう言うなら、また試してもいいような気がしてくる。滅多に感謝なんかされないからそう思ってしまうのかもしれないが。

 俺はわかったと返事して、自分のグラスを傾けた。美桜が自分の部屋にいるという変な緊張と会話の内容で、すっかり喉が渇いていた。


「夏休み中はずっと家に?」


 器に入れたポテチに手を伸ばしつつ、美桜に聞いてみる。


「そうね。ずっと家に居たかな。宿題さっさと終わらせてしまえば、後半自由に使えるじゃない。一緒に買い物行ったり、映画行ったり。そういうの、時間作らなきゃなかなかできないんじゃないかと思って」


「一緒に? 誰と? 友達なんか居ないだろ」


「凌と」


「へ?」


「凌と一緒に出かけたいなって」


 聞き間違いか?

 なんか俺の名前が出てきたような。


「付き合ってるなんて言っておきながら、全然それっぽいことしてこなかったじゃない。いつもは出かけるの一人で、買い物だって映画だって、誰かといったことなんてなかったんだけど、私だって偶にはそういうことしてみたいなって。……迷惑?」


「え、いや、めいわ、迷惑じゃないけどさ」


 何で上目遣い? 何で顔が赤いの?


「ちょ、ちょ、ちょぉ~っと、確認したいんだけど、俺たちって、付き合ってる“フリ”してたんだよね? 一緒にいるところを怪しまれないように、そういう嘘吐いてた訳じゃん。芝山にもそう言ったし、ジークだってそう思ってると思うし。須川には適当なこと言ってた様な気がするけど、あくまで“フリ”だよね? ね?」


 どうしよう。半笑いしかできない。

 変な汗がじわじわとにじみ出て、手のひらが気持ち悪い。

 いつもより薄着の美桜が妙に色っぽく見えるし、Tシャツからうっすらと透けたブラのラインや胸の膨らみがが変に気になる。テーブルの下からチラ見えする太ももがつるつるもちもちしてて目のやり場に困る。

 髪の毛をそっと掻き上げ、右の耳に掛ける仕草に、心臓が高鳴った。

 久しく考える余裕すらなかったけど、美桜は綺麗だ。本当に、綺麗だ。


「好き、なの。凌のこと」


 ちょっと待って。暑いからって頭がおかしくなったのか。いや、エアコン効いてるし、暑いってことはないと思うんだけど。


「この間の一件があって、私、ものすごく凌のこと見直した。須川さんに襲われた辺りから、凌のことまともに見れなくなってて。だって、見ると何だかドキドキしてしまう。私、この気持ちがなんなのか、ずっと考えてた。夏休みに入って、凌と会えない日が続いて、それでも毎日凌のことばかり頭に浮かんで。だから、あの日凌が来てくれて本当に嬉しかった。あんな状況じゃなかったら、もっと良かったのにって思ってしまった。この感情の正体に気が付くまで時間がかかって……それもあって直ぐに謝りに来れなくて。どうしよう。どう表現したらいいんだろう。私、こんな気持ちになったの初めて。ものすごく、どうしようもないくらい、凌のことが……好き」


 頭が、真っ白になった。

 ポカンと開けた口が、なかなか塞がらなかった。

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