急接近2
長かった夏期補習が終わり、俺にもようやく本格的な夏休みがやってきた。気が付けばもう八月。補習は終わったが、山のような宿題を定期的にこなしていくという新たな課題に直面する。
こういうこともあろうかと頼んでいた芝山哲弥先生にお越しいただくべく、俺は部屋を片付けていた。元々部屋を散らかしたりはしない方だが、一応わざわざお越しいただくことに敬意を払うつもりで念入りに掃除機をかけた。
折りたたみ式のテーブルを広げて座布団を敷いて。喉が渇くと言われるだろうことを想定し、お茶とジュース、それから菓子も用意したし、後はヤツが来るのを待つのみだ。
日中は両親とも仕事で居ないから、気兼ねすることないのがいい。芝山が期待しているレグルノーラの話だって、ゆっくりできそうだ。
芝山は隣の学区出身で、ウチのそばまでバスで来るらしかった。バス停からウチまではそんなにわかりにくい道でもないし、道案内は不要ということだったので、暑いところ歩いてきてくれるところ申し訳ないが、俺はエアコンの効いた涼しい部屋で待つことにする。
久しくまともな人付き合いをしていなかったこともあって、ここ最近友人と思しき人物名がしばしば俺の口から出てくるのを、母は驚いているようにも喜んでいるようにも思えた。高校2年生にもなって、その程度で喜ばれるのは恥ずかしいのだが、それほど長い間ぼっちを貫いてきたということだ。
勉強するなら午前中だろと芝山が言うので、夏休みにしては早起きした。
約束の時間まであと少し、それまではスマホでも弄って待ってようかと、ベッドの上でゴロゴロしているところに、チャイムが鳴った。予定よりも15分ほど早い。
急いで階段を駆け下り、玄関を開けて驚愕する。
立っていたのは、美桜だった。
「おはよう。朝早くからごめんなさい。ちょっと……いい?」
広めのツバが付いた帽子に、Tシャツ、スカートというラフな格好に、ドキッとする。
はにかんで首を少し傾けた彼女にいいかと言われ、俺はどもった声でいいよと返事し、彼女を家に招き入れた。
約束なんてしてないのにどうしたんだろうと、階段を上りながら俺は何度か首を傾げた。そもそも、俺の家なんて教えたっけ? 俺が入院している間に親にでも聞いていたのだろうか。にしても、来るなら来るで連絡くらい寄越せばいいのに。
芝山に出すはずだったジュースと菓子を折りたたみテーブルの上に出して、美桜と向かい合って座った。彼女は差し出したジュースをありがとうと礼を言ってから半分ほど喉に流し込んだ。
「夏期補習が終わった頃だし、凌のことだからあちこち出かけたりはしてないだろうなって、勝手に来ちゃった。飲み物もお菓子も用意してたってことは、もしかして……予定、あった?」
心なしか、いつもよりトーンが低い。
「ああ、気にしないで。一応、これから芝山が来て宿題教わるとこ。補習は終わったけど、宿題はまんま残ってるし。早いとこ片付けられるように、手伝ってもらう約束してたんだ。美桜は宿題進んでる?」
「うん……、まぁまぁ、かな」
言って美桜はグルッと部屋の中を見渡している。壁には完成したジグソーパズルが数枚掛けてあるだけで、恥ずかしいポスターもないし、本棚には漫画とゲーセンでゲットしたフィギュアが数体あるくらいだが、何が珍しいのか、隅々まで舐めるように見渡している。
「男の子の部屋って、初めてなんだ。思ったより物が少ないんだね」
「あー……そうかな。俺はあんまり物に執着しない方だからこんなもんだけど」
「パズルとかするんだ」
「暇つぶしだよ。ピースが極小のヤツとか前面殆ど同一色とか、イライラするけど完成すると結構快感でさ。ここしばらくはやってないけど」
「ふぅん」
一面夜景のパズルをじっと見て、彼女は小さく何度もうなずいた。
美桜とレグルノーラに行くようになって数ヶ月、そういえばこういう当たり障りない話って殆どしたことがなかった。今までのことを振り返ると、やれ飛ぶタイミングが合わないだの、やる気があるのかだの、敵はどいつだだの、物騒な会話ばかり。あくまで表面上では彼氏的な存在だと言っておきながら、彼女は俺とは必要な話しかしてくれていなかったのだ。
「で、何の用事?」
いつまでも本題に入ろうとしない美桜にしびれを切らして、こっちから聞いた。
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