74.急接近

急接近1

 陣の言葉には一理ある。

 レグルノーラで単独行動するようになってから、やたらといろんなことが起こる。

 美桜と行動していたときは、恐らく彼女がある程度周囲を見渡してくれていたのだ。だから、戦いに巻き込まれたとしても、妙ないざこざに巻き込まれることは殆どなかった。

 一人の“干渉者”として認められ、俺は図に乗っていたのかもしれない。力が使えることで頼りにされたことを疎ましく感じていた反面、“こっち”では考えられないくらいの好待遇を受けることもあった。周囲に馴染めず、ただひたすらに三年間という高校生活をどうにか切り抜けりゃいいと思っていた俺にとって、“レグルノーラ”という世界はあまりに刺激的だった。

 だから判断力が鈍っていただなんて言い訳はしたくない。

 危険な竜“ドレグ・ルゴラ”に目を付けられ、妙な魔法を教えられた、しかもそれを実践したという話をしたら、陣は怒りまくるどころじゃ済まなくなるだろう。あのピンチを切り抜ける方法がそれしか思い浮かばなかった、と言っても当然、納得などしないだろうし。


「実際、僕がまだ駆け出しの頃には暴走した能力者集団が居て、とんでもない騒ぎが起きた。干渉者、能力者と言っても、一概に皆同じ方向を見て“悪魔”に立ち向かっているわけじゃない。中には悪しき存在を崇拝する輩もいるし、塔の方針に刃向かって民間人に危害を加えようとする輩もいる。だからこそ、単独で行動するなら余計なことに巻き込まれぬよう、細心の注意を払うべきだ」


 陣は眉間にしわ寄せ、俺をキツく叱りつける。

 ぐうの音も出ない。全くもってその通りだ。俺は部屋の真ん中に突っ立ったまま、深くため息を吐いた。


「忠告、ありがとう。反省した」


 陣から目を逸らし、後頭部を掻きむしる。


「反省だけならね、誰だってできるから。君はもうちょっと慎重な人間だと思っていたけど、僕の思い過ごしだったかな」


 陣は不機嫌そうに口をひん曲げた。


「……けど、あの魔法のお陰で確かに美桜の力は増した。あれがなかったら、空間はキッチリと閉まらなかったかもしれない。今回は偶々上手くいったけど、次はどうなるかわからない。戦いの中でも冷静さを忘れないように。そうじゃないと、判断を誤ってとんでもない事態に発展することだってあるんだから」


 俺は黙って深くうなずき返した。


「それより、この部屋暑いね」


 と胸元をパタパタと摘まんだり離したりして微風を起こしている陣に言われて、ようやくエアコンのスイッチを入れ忘れていることに気付く。悪い悪いと慌てて電源を入れ、俺もベッドにやっと腰を下ろした。じんわりと冷たい風が降りてきて、少しずつ疲れを癒やしてくれる。


「美桜は何でも背負い込みすぎる。こ~んな小さいときから一緒なのに、彼女ってば僕には全然相談してくれないんだよね。“こっち”での話なんか全然聞いたことがない。僕がどれだけ心配しても、彼女は平気なフリをする。ゲートが実体化して魔物が這い出てきても助けを呼ばないなんて、強がりもいいところだ。せめて凌にだけでも相談してくれていたら、あんな大事にはならなかったろうに」


 美桜の話になると、急に陣の表情が緩んだ。

 母親の美幸が亡くなったとき、美桜はまだ四つだった。身長だって百センチをようやく超えたくらいで、おしゃまで、天使のようだった。

 彼女の成長過程は知らない。が、一緒に過ごしてきたジークにとっては、特別な想いもあるのだろう。年の差はあれど、一人の女の子として魅力を感じたこともあったようだし、今回のことはショックだったに違いない。

 美桜にしたら、飯田さんに自分の境遇を話せなかったのと同じように、ジークにも言いづらかったのではあるまいか、などと推測する。彼女がそのことについて語ることはないだろうから、あくまで推測だけど。


 30分ほど駄弁り、陣はきちんと玄関から帰っていった。「また来てね」とにこやかに話す俺の母親に深々と礼をして、爽やかに「はい、また来ます」と答えていた。

 雨は止んでいた。

 陣はまたなと俺に向かって軽く手を上げ、そのまま玄関扉の向こう側へと消えていった。





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