補助魔法の効果3

「あれ? 今玄関開いた?」


 母親の声がした。

 よりによって玄関の上がり口で、母と遭遇した。

 俺と同じで傘を忘れてしまっていたんだろうか、上から下までびちょびちょだった。パートに行くときにいつも持ち歩いているバッグは、胸に抱えていたのかそれほど濡れた様子はなかったが、気に入りの靴は雨で色が変わってしまっていた。

 不幸中の幸いか、母は玄関扉を背にして荷物を置いていたところで、俺たちはその背後に現れてしまったようだ。ハンカチで気になる部分の雨粒を拭き取って、上着を脱いでいたため、玄関ドアの音を聞き逃したと勘違いしてくれたらしい。


「あ、うん、ただいま」


「あら珍しい。お友達?」


「じ、陣です、陣郁馬。初めまして」


 当たり障りのない挨拶をして誤魔化す。このタイミングには流石の陣も焦ったか、少し声にどもりがあった。


「天気予報見とけば良かった。あんたは傘ちゃんと持ってったのね。あ~あ、失敗した。凌、ちょっと先に上がってタオル持ってきてくれない?」


 濡れてないことに対してどう思われるか心配したが、そこは何とかクリアしたようだ。

 狭い玄関口、母親の隣を通り過ぎて洗面所へ行き、タオルを持ってくる。


「はい」


 と渡して、そのまま二階へ上がろうとすると、陣も、


「おじゃまします」


 と上がってきて、俺はそこで初めて陣にしてやられたと後悔した。

 コイツは最初から俺の家に上がり込もうとしてあんな提案をしたのだ。恐らくは俺に色々根掘り葉掘り聞くつもりで。

 しまった……。疲れていたからとはいえ、少し考えればわかることだったのに。

 渋々部屋に入れ、陣の顔を見ると、予想通り凄まじく気持ちの悪い笑い方をしてこっちを見ていた。


「いやぁ~、やっぱりすごいね。できちゃうんだもんな。ディアナ様が認めただけある」


 腕組みをして俺の部屋の中グルッと見まわして。

 最悪だ。


「お母さん綺麗な人だね。凌は母親似?」


「――そんなのはどうだっていい。どういうつもりだよ、ここまで付いて来て」


「どういうもこういうも、君が移動魔法を使いこなせるのかどうか確認したまでじゃないか。あんなに戦った後でもちゃんと力が使えるなんて、君の成長っぷりは見ていて楽しいよ」


 ドカッと椅子に腰を下ろし、足まで組んで。癪に障る。


「協会にきちんと査定してもらえば、結構高いランクが付与されるんじゃないかと思うよ。ま、“こっち”じゃ殆ど価値がないし、“向こう”でも気にしてる人は少ないけど。自分の力を知る意味で査定してもらう人が多いかな。こっちで言う何とか検定みたいなヤツなんだけど、凌は興味ある?」


「ない。そんなことより、何が目的だ。用事がないならさっさと帰れよな」


「つれないなぁ。これだけの力があるんだから、もっとレグルノーラに興味を持ってもいいのに、君はいつまでも自分の立場を崩さない。仕方ない。本題だ。……あの魔法、誰から教わった」


 声のトーンが変わった。

 やっぱり、そうきたな。

 当然、言われると思っていた。だから答えはある程度用意している。


「“向こう”で出会った干渉者の一人に聞いた。相手の力を増幅させる補助魔法、だとか。それを、試してみた」


 半分本当で、半分嘘だ。

 かの竜はあのとき、“キース”と名乗り、干渉者としてキャンプに合流していた。俺は最初からその正体がかの竜である前提で接触していたわけだが。


「教わった……? だから君の魔法らしくないと感じたのか。今はあまり主流じゃないが、旧時代には、ある程度魔法陣に書き込む文字は固定されていたと聞く。同じ言葉を書き込むことで、確実に魔法を発動させる効果と、魔法効果をブレさせない意味があったらしい。だから過去の文献には今は使用されていない魔法陣の図がたくさん載っていて、それを専門に研究している学者もいるんだ。ディアナ様に僕が魔法を教わったときは、既に自分のイメージを確実にするための魔法陣という、新しい方法が主流になっていたから、使ったことはないんだけど……、あれ、本当にただの補助魔法、なんだよね?」


「ど、どうして?」


「いや……、補助魔法の色に違いはなかったんだけど、今まで見てきた魔法効果とは全く異なるというかなんと言うべきか。普通じゃない気がした、と言えば良いのかな。……その“干渉者”は、信頼すべき人物だったのかい」


 陣が首を傾げた。

『信頼すべき』? そんなわけない。信頼なんかしてはいけない、寧ろ接触すらすべきではない相手。

 ただ、美桜に近い、美桜のことをよく分かっているだろう相手でもある。

 だから、あの魔法が頭をよぎったりしなければ、決して使おうとは思わなかった。


「実力においては……、右に出る者はいない、と思った」


 陣から目を逸らした。

 これ以上見ていたら、言いたくないことまで喋らされそうな気がしたから。


「臭いな」


 苦笑いせざるを得ない。

 俺は口を噤んだ。


「君が“向こう”でどう動こうと勝手だが、きちんと相手を見る目を持たないと、えらい目に遭うよ」


 陣の言葉は、グサグサと俺の心に突き刺さった。

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