補助魔法の効果2

 余計なことは言わない方がいいだろう。俺にだってそのくらいわかった。

 だから、ジークが口出ししようとするのを無理やり止めて、美桜の部屋を後にした。

 美桜は、飯田さんに自分のことをある程度喋らなきゃならないところまで来ていたんだ。今日のことがあって、実は内心ホッとしているかもしれない。今までずっと隠し通してきたことをようやく話せるんだから。

 自分のことじゃないだけに無責任な発言になるのは承知の上で、俺はそんなことを考えた。


「とはいえ、部外者に喋る必要は無いと思うけど」


 エレベーターの中で陣郁馬の姿に戻ったジークがぼやいた。


「部外者じゃないよ、飯田さんは」


 だけど彼には、きっとこの意味が理解できない。

 美桜がどれだけ飯田さんを頼り、飯田さんを信頼して生きてきたのか考えたら、寧ろ今まで何故喋らなかったんだって思ってしまう。

 わかるよ。心配、かけたくなかったんだよな。

 俺もだけど、家族には言いたくない。自分がこんなにも妙なことに巻き込まれ、逃げ場のない状態で戦っているだなんて口が裂けても言えないし、言うつもりもない。普通の高校生活を送っている、そう思わせたい気持ちが先行する。だから、美桜の気持ちも痛いほどわかる。

 それでも、いずれ話さなくちゃならなかった。

 美桜の母・美幸のことだって――、きっと親身に支えていただろう飯田さんには辛すぎる、理解しかねることかもしれないけれど。あの母子の側に居続けた飯田さんだからこそ、知るべきなんじゃないだろうか。





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 エレベーターから降りてエントランスホールまで戻ってくると、外はすっかり真っ暗になってしまっていた。どれくらいの時間が経過していたのか、確認する余裕すらなかった。勢いは収まってきたようだが、雨もまだ降り続いていて、何となく陰鬱な気分になる。


「この後は直帰?」


 ふいに陣が言った。


「天気も天気だし、どこにも寄らずに帰るよ。陣もそろそろ“向こう”に戻るんだろ。結構疲れたし、早めに休むのが吉だよな」


 俺は傘立てから傘を抜いて何気なく答えた。

 まだ乾ききっていない傘から、数滴雨粒が垂れた。


「例えばさ、この自動ドアを抜けたら自分の家だって考えてみたら、凌は現実になると思う?」


「ハァ?」


 陣はガラス製の自動ドアの前、自分の身体がセンサーに反応しないギリギリ手前で俺に尋ねた。


「魔法陣もなく武装したり、濡れた服を乾かしてみたり。最近急激に力を使いこなせるようになっただろ。もしかして、そんなことができたりするのかなって。どう? 試してみる価値はあると思うけど」


 つまりは俺に瞬間移動しろと。転移魔法を魔法陣使わずにやってみろよと言ってるわけだ。しかも“表”で。魔法を“表”で使えること自体、不自然だし、あり得ないことだってのに、わけのわからないことを。

 喋っている内容は突拍子もないが、陣はつとめて冷静だ。いつになく真剣な眼差しを向けてくる。


「もし成功できたら、雨に濡れず帰れる」


 それもそうか。

 俺はできる確証もないのに、何故か納得してしまった。

 確かに。ゼロタイムで帰れれば天気なんか気にしなくてもいいわけで。行きたい場所をイメージするだけでパッとたどり着けるなら、例えば遅刻しそうなとき教室をイメージしたら間に合っちゃうとか、行かなきゃいけない場所がものすごく遠かったときに交通費なしで行けたりとか、そういうことが可能になる……? ま、実際に魔法陣を使って移動魔法を発動したら、美桜のマンションまでひとっ飛びできた。これを魔法陣なしでできるようになれば、日常生活でも役に立ちそうな予感がしなくもない。

 けど、いくら干渉者でもそんな風に簡単に魔法が使えるのか? あんな立ち回りした後で、心身共にぐったりだってのに。


「やる? やらない?」


「ん~、気は進まないけど、やるだけやってみるか?」


 陣の口車にまんまと乗せられてしまったような気がするが、成り行きだ、致し方あるまい。


「じゃ、掴まってるからやってみて」


 馴れ馴れしく左肩に手を乗せ、早くしろと急かしてくる。

 渋々と俺は自動ドアに向かって歩き始めた。傘の柄を握る手にも力が入る。

 自宅の玄関先を強くイメージする。自動ドアを抜けた先には、雨の降りしきる外ではなく、俺んちの玄関。こぢんまりとした小さな下駄箱の上には季節の造花。花は好きだけど時間がなくて生けられないからと、母親が百円ショップで買ったのを剣山に刺して飾ったのだ。いつも外履き用の婦人サンダルが玄関の隅にちょこんとあって、それは近所に回覧板を届けに行ったり、庭先を掃除したりするときの母専用のもの。くたびれたゴルフバッグが玄関の隅に立てかけられているのは、確か昔、景気の良かった頃に父が接待で使ってたヤツ。今はゴルフクラブを握ることもなくなって、存在を忘れたようになってしまってる。玄関マットはしばらく新調してなくて、ちょっと色がくすんだ花模様で、玄関から見える台所の入り口には色褪せたレースののれんがかけてある。壁には押し花が額に入れて飾られているけれど、それは死んだばあちゃんの趣味の産物で、父が形見分けでもらった物。

 “イメージを具現化できる”なんて、初めこそ絵空事だと思っていたが、最近は何でも思い浮かべた通りに物を出現させたり、消したりできるようになった。“表”でさえ、様々なトラブルが起きるようになって、力の必要性がぐんと増した。

 そんな中、もし仮に、思い浮かべた場所に魔法陣なしで瞬時に飛ぶことができたなら、どれだけ役に立つか。

 一歩一歩自動ドアに近づく。

 さあ、そこをくぐり抜けたならば――。





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