切り札3

 流石にだんだん息が上がってきて、腕が痺れてきた。重たい斧を振り回すにも、遠心力に任せるのがやっとで、どんどんスピードが落ちてきている。鎧の中は汗だくでどんどん動きにくくなってくる。ジークの魔法も、どんどんスパンが長くなってきているような気がする。

 ガシャリと後方で鎧の擦れるような音がした。美桜がフラフラと剣を杖代わりに歩いてくる。


「閉じなきゃ、ダメよ。この空間を閉じなきゃ、いくら戦っても無駄。ヤツらはあの奥からどんどんわき上がってくる」


 心なしか、頬がこけている。兜から覗く目の下にはくっきりとくまができている。

 目の前の敵を一掃してから一旦斧を下ろし、美桜とジークを交互に見た。二人とも、疲労の色が濃い。終わりのない戦いをするよりは、何か打開策を練る時期に来ているのかもしれない。


「私が、空間を封じるわ。凌とジークはアイツらを倒して、洞穴に押し込めて」


 分担するってことか。


「ラジャ」


 戦いながら空間を閉じるのは確かに無理だ。美桜はそれを実行しようとして、逆に穴を広げてしまった。何か一つに集中できるなら、こっちだってそれに越したことはない。全力で戦うのみ。

 ジークが再び魔法陣を描いた。銀色の光が再び斧と俺の身体に宿る。

 のそりのそりと立ち上がり現れる骸骨兵に向かい、思い切り斧をぶち当てる。粉となって砕け、倒れたときにはもう、次の敵がその後ろに。剣が襲う、咄嗟に肘をぶつける。敵の骨が弾ける。縦に、横に、斜めにと、動けるだけの力を持って現れる敵という敵を砕いていく。

 こころなしか、美桜の部屋と洞穴の境目が移動している様な感覚に襲われ、ふと周囲を見渡す。両手をかざし、部屋全体を包み込んでいた大きな魔法陣を徐々に洞穴側へ移動させる美桜の姿が目に入る。――辛そうだ。本当は力なんて全然残っていないはずなのに、必死に力を振り絞っている。

 骸骨兵の方は、陣の魔法のお陰もあってか、倒したあと別の骸骨兵が攻撃をしかけてくるまで少しだけ余裕がある。完全に倒すのではなく、“洞穴に押し込める”ことを念頭の置くならば、この僅かな時間を空間の封鎖に使った方がいいんじゃないのか。

 思っている矢先に相手の攻撃が始まる。目の前の敵を掃討する。完全に崩れきれず、身体の一部だけになっても立ち上がろうとする骸骨を蹴飛ばして、次の骸骨兵が襲ってくるまで少しの間。

 ――今だ。

 美桜の魔法陣に力を注ぐんだ。

 一旦斧を床に突き刺して、両手を天井にかざす。が、あまりに一瞬過ぎて思ったように力を注げない。


「何してるんだ、凌!」


 ジークの怒号。

 次の攻撃が始まる。慌てて斧を掴み直し、骸骨兵をなぎ倒す。


「この、骸骨兵たちを倒したら、……倒したら、空間を塞ごう。キリがない」


 敵に打撃を与えつつ、後方のジークに声をかける。

 実際、美桜の部屋の4分の3程度が既に元に戻っていて、残すはベッドの付近のみ。思い切って塞いでしまったほうがいいと思ったのだ。


「わかった。じゃ……、この次、だな」


 ジークから最後の魔法が注がれる。銀色の光を骸骨兵らにぶつけるべく、大げさに立ち回る。骨が弾けていく。最後の一体を倒したところで、


「今だ!」


 斧をぶん投げた。うっかりタンスに斧が刺さった。あとで美桜にぶん殴られそうだが仕方ない。

 美桜の描いた魔法陣に、ジークは既に力を注ぎ始めていた。杖の先からほとばしる光が魔法陣へと注ぎ込み、力を増幅させていく。

 俺は急いで部屋の中央に戻って、それからグルッと振り返き、右手をかざした。

 人の魔法陣に力を注ぐってのが、やっぱりちょっとわかりにくくてやりづらい。けど、俺自身は穴の塞ぎ方なんかわからないわけで、力を貸すとしたらやっぱりそうするのが一番いいはず。そうは思ったんだが、やっぱり難しい。あの文字の読めない魔法陣、辛うじて“ゲート”くらいはわかるけど、力を注げないんだったらもっと効率的な方法はないのか。

 次の骸骨兵が穴から這い出そうと現れ始めた。

 時間がない。

 時間が――。



――『簡単な話だ。美桜が力を発揮しやすいよう、補助魔法をかけてあげればいい』



 頭に響く、あの言葉。



――『いつも通り魔法陣を宙に浮かべ、文字を刻む』



 アレは、本当に有効なのか。

 試してみる価値は、あるのか。

 美桜に向き直り、空っぽの魔法陣を宙に描く。

 何をしているのと、美桜の目が驚きを訴える。

 やってみて有効なら使う、ダメならダメで他の方法を考える。思ったように援護できないんだから、俺は俺なりに、自分にしかできなさそうな方法でこの場を乗り切るしかない。

 意を決して文字を刻む。



――“偉大なる竜よ、血を滾らせよ”



 魔法陣が濃い緑色に光り始めた。

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