切り札2

 黒い空間に向かって俺は思いっきり斧を振るった。一歩でも前に進んで、美桜の部屋に骸骨兵が入らないようにしなければ。

 恐らくは、広がりすぎたゲートが実体化して美桜の部屋を侵食した、と考えるのが無難だろう。そこに何故骸骨兵が大量発生しているのかはさて置きとして、このままじゃ美桜の部屋どころか、マンションの別の部屋にまでゲートが広がりかねない。少しでもこのいびつな空間を縮める必要がある。そのためにはまず、この厄介な骸骨兵を暗闇の奥に押し込めねばならないわけだ。

 それにしても、キリがない。

 いくら倒したつもりでも、次の骸骨兵をぶっ倒した頃には前の骸骨兵が半端な状態で立ち上がり、向かってくる。

 最初からこれだけ大きな穴が出現していたとは考えにくい。徐々に広がっていって、どうにもできなくなった頃にはこれだけ巨大に、ということなのだろうが、次から次へと湧いてくる骸骨兵相手に戦いながら穴の拡大を食い止め、尚且つ部屋の向こう側へ影響が及ばぬよう結界を張り続けていたのだとしたら、ここ数日間美桜は気が気でなかったに違いない。

 初めの頃はともかく、もしかしたら休むことすらできなかったんじゃないか。頼ればいいのに、どうしてこういうときに助けを呼ばない。ディアナが警告してこなかったら、それこそ絶対にわからなかった。俺がそれだけ頼りないってことか、それとも余計な心配かけまいと妙な気遣いをした結果なのか。ま……、両方だろうけど。


「凌、まだ余裕はあるか」


 息を荒げながらジークが言う。


「どういう意味」


 骸骨兵をぶった切り、押し倒してから返事する。


「斧に魔法を乗せる。得意じゃないが、“聖なる光”を纏えば効率よく倒せるかもしれない」


 人間の死骸によこしまな力が宿り魔物化したのがスケルトンだって話はファンタジー小説やらゲームやらで聞いたことがある。魔の呪縛から解き放つ聖なる力さえあれば倒せるらしいが、実際“聖なる”なんてそんなもの、わけがわからない。ただの光や炎、水系の呪文ならイメージも簡単にできるが、聖なる力、清らかな力となると具体的にはイメージしにくい。

 ジークは確か、塔の魔女ディアナの門下生。一通りレグルノーラの魔法は習得しているんだろうから、曖昧でわかりにくい“聖なる光”とやらは任せるに越したことはない。


「頼むぜ」


 振り向いてそれだけ言って、体勢を立て直した。

 五人衆と戦ったときも、彼らのスタミナの凄さに圧倒され勝てる気がしなかったが、今度の相手は痛みとも苦しみとも無縁なアンデッド。こちらの体力が尽きるより先に何とかしないと、長期戦になってしまう。

 神頼みならぬジーク頼みだ。

 崩れた骸骨がまた起き上がる。欠損部分が大きくなり、一体は右半身が、もう一体は片足のない状況だが、立ち上がるだけのパーツがある限り襲ってくるような勢いだ。頭を砕いてしまえば何とかなるのだろうか。次は高めに振り上げてみるってのもアリか。

 重量級の斧を目一杯振り上げる。腰に、足に力が入る。落下場所を間違えば、自分自身が一溜まりもなくなる。慎重に持ち上げた斧を、円弧を描くようにして前に――振り下ろす。骸骨兵の頭蓋骨が崩れた。これなら。床スレスレで止まった斧を、今度は上へ持ち上げてもう一体の頭を狙う。よし、ヒット。これで二体めも終わり。かと思ったら三体め、四体目が後ろでスタンバイ。妙な連携プレイにぶち切れそうになる。

 こいつら、まさか知性があるのか。歯を震わしてケタケタと笑っているように見えるのが何とも気持ち悪い。美桜のヤツ、こんなのと長い間顔をつきあわせて戦っていたなんて。

 無我夢中で斧を振るい、向かってくる敵という敵をなぎ倒す。今の俺にできることといったらそれくらい。あとはジークの魔法が来れば。

 視界の外側で何かが光った。魔法陣だ。振り向くと、美しい文様とレグル文字で埋め尽くされた、銀色に煌めく魔法陣が、ジークの前に現れていた。神々しいそれは、“聖なる光”を呼び出すに相応しい。


「待たせたね、凌」


 杖先に目線を集中させたまま、ジークは口角を上げた。


「邪悪な物を消し去る魔法だ。よこしまな心があると呑まれるからな」


「オッケー、望むところだ」


 両手で握りしめた斧の柄が、にわかに銀色の光を帯び始めた。斧のやいばも、俺を包み込む鋼の鎧も、銀色に光っている。

 ただ光っただけじゃないだろうな、なんて疑ってかかるより行動に出た方が早そうだ。

 まずはこの、目の前の死に損ない骸骨兵に一撃を食らわす。斧が当たった箇所から骨が弾け、粉々になっていく。骨を砕いた感触はそのままに、まるで小麦粉を散らしたかのように崩れゆく骸骨兵に、俺は目を疑った。なんだこれ。今までとは全然違う。これが、“聖なる光”の力。

 俄然、やる気が出た。

 骸骨兵に斧を当てれば当てるほど、面白いように崩れていく。彼らを支配していた邪悪な力から解放され、カルシウムの粉に変わっていく。斧だけじゃない、鎧に当たっただけでも敵はダメージを受けた。“聖なる光”が余程苦手らしい。

 切れかかった魔法を察知して、ジークが更に魔法を注いできた。弱まっていた銀の光が再び力強さを増したところで、斧を持ち替え、なぎ払うように思いっきり左右に振った。パンパンと面白いように骸骨が砕けていく。

 この調子なら効率よく倒せそうだなんて楽観視したくなるが、油断は禁物。暗闇の奥に、まだまだ敵は残っている。もしかしたら、際限なく湧き出てくるのかもしれないという不安がよぎる。骸骨兵の白い粉が足元の黒いドロドロを覆い隠すまでになっても、敵は後から後からやってきて、まるで居なくなる気配がないのだ。ところてんのように、空洞の奥からどんどん押し出されてきてる。ジークの魔法で何とか持ちこたえてはいるものの、俺の体力が尽きたら終わりじゃないのか。そんなこと、考えたくはないけれど。

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