72.切り札
切り札1
いわゆる“スケルトン”というヤツだ。地獄の奥底から湧き出たようなおぞましい魔物。空っぽの頭蓋骨の中、瞳のあった部分にギラギラと赤い光を宿してこちらを見ている。無数の光が美桜の部屋と繋がった真っ黒い空間の向こうまで続いている。
その進入を阻むべく、美桜は戦っていた。
部屋全体に魔法で結界を張り、現実世界へなるべく影響を及ぼさないよう注意していたらしい。部屋の大きさに匹敵するほどの巨大な魔法陣が二つの空間の境目にあった。
魔法と度重なる攻撃で、家具もカーテンもメチャクチャだ。ちょっと前に訪れたときにはこんな兆候は全くなかったってのに、見るも無惨、壁紙は焼け焦げ、傷が走り、絨毯は得体の知れない黒のドロドロに冒されている。ところどころに骸骨兵の残骸と思しき骨や防具の欠片が散乱し、まるで地獄絵図のようだ。
美桜は髪の毛を乱して肩で息をしていた。いつもより重装備の全身鎧姿。兜を被り、剣と盾を構えた彼女は、まるでジャンヌダルクのようだ。
「お嬢……様?」
飯田さんの震えた声に、美桜がぴくりと反応する。長年世話になっている家政婦にどう説明すべきか悩んだんだろう。美桜は、
「ごめんなさい」
とだけ言い、決して目を合わせようとしない。
陣が思い立ったように立ち上がり、廊下にもう一つ結界を張り始めた。魔法陣が突如現れ字を刻んでいくのを、飯田さんはただ呆然と見つめるばかり。
「これで大丈夫。飯田さんはこっから中には入らないで。大丈夫。僕たちが何とかします」
飯田さんから離れ、結界を通って陣がこちら側へと入ってくる。
「やるか」
表情を引き締め、陣がチラリとこちらを見る。うなずき返したときには、陣郁馬はジークの姿に戻っていた。
垂れ目のイケメンは市民服に動きやすそうな軽めの鎧を纏い、彼にしては珍しく杖を構えていた。ということは、肉弾戦ではなく魔法で戦うつもりらしい。
骸骨兵の一体が剣を振りかざして美桜に襲いかかった。盾で防ぎ、次の攻撃に備える美桜の後ろで、ジークが魔法を唱える。魔法陣が眼前に出現し、振りかざした杖の先から雷がほとばしった。雷は本棚とクローゼットの間を抜け、結界を築く魔法陣を抜け、美桜を襲っていた一体とその後ろにいた数体にダメージを与えた。
仰け反る敵に美桜が剣を振るう。骨が砕け、崩れ落ちた。かと思うと元に戻って再び美桜に襲いかかってくる。
アンデッドは面倒だ。元々命なんてないわけだから、ただ砕いただけじゃ倒れない。魔法と物理攻撃で今まで食い止めてきたんだろうけど、結界を張りながら休みなく倒し続けたら魔法が尽きてしまう。もしや、美桜にはもう、魔法を放つだけの体力が残っていないのか?
こうなったら俺が彼女の代わりに力仕事を引き受けるしかない。こういうとき、どういう装備ならいい、どういう武器なら相手にダメージを与えられるんだ。
考えろ、考えろ俺。
ふと美桜の足元が視界に入る。やっぱり無理してる。足がフラフラだ。だのに今度は二体の骸骨兵が同時に美桜を。
「畜生ッ!」
丸腰のまま俺は飛び出していた。
後方からジークの魔法が駆け抜け、先に骸骨兵を痺れさせる。敵は一瞬怯み、だがまた体勢を立て直す。
いつもの剣はダメだ。あんなんじゃ、砕いているつもりでもあっという間に戻ってしまう。だとすると、もっと威力のある武器。思い切り振るった、その力が全部伝わるような武器でないと。――斧か。バトルアクスなら、あるいは。
大きな斧をイメージする。当然、その重量に堪えられるような装備も必要だ。美桜が着ているような細身の鎧じゃなくて、もっと重めの、ズッシリとした鎧。いわゆる鋼の鎧とかいう、あんなヤツ。
美桜が一体を避けた。一歩下がり、転がっていた骨に躓いて転ぶ。これを好機にと二体め、三体めが美桜に襲いかかろうと剣を振り上げた。
間に合うか。
急いで結界を抜け、美桜の前に滑り込んだ。
身体が急激に重くなり、動きが鈍る。頭にはフルフェイスの兜。目の部分だけが開いていて、一気に視界が狭くなる。両手に抱えた大きな斧を、左下から掬うようにして思いっきり振るう。
「てやぁぁぁぁぁぁあ!!」
腰をできるだけ低くして、目一杯左右に腕を振った。バキンバキンと骨の砕ける感覚が斧を通して伝ってくる。かなりの手応え。骸骨兵は直ぐに回復しようとするが、なかなか元には戻らない。これならば。
「美桜、下がって」
後方で倒れる美桜に声をかける。
「でも」
「でもじゃなくて」
語気を強めると、美桜は申し訳なさそうに立ち上がって後ろに退いた。
悪い。けど、これ以上美桜に無理はさせられない。
結界の魔法陣を抜け、美桜が壁際まで移動し崩れるようにして壁により掛かったのを確認してから、俺はまた骸骨兵に向き直る。完全回復とは行かなかったようだが、欠損した箇所を抜いて元に戻ろうとする様は、こちらに恐怖を抱かせるには十分だった。
死なない兵隊、か。
骸骨が剣を振るう。咄嗟に斧で受けるが、思ったよりその力は強い。よろけ、倒れそうになるのを必死に踏ん張る。かと思えば、もう一体が右から攻撃をしかけてくる。
「クソッ!」
負けてられるか。受けた剣ごと力任せに押し倒す。
「援護! 援護頼む!」
肩越しに後方のジークに叫ぶと、彼は彼で緑色に光る新たなる魔法陣を出現させていた。
「わかってるよ。凌、受け取れ!」
文字が刻み終わったのと同時に、身体の底からわき上がる力を感じる。補助魔法――過去の世界で、五人衆の一人ラースが見せた魔法。筋力を増強させて攻撃力を上げたのか。
「サンクス」
心なしか、身体が軽くなった。装備自体が軽くなったわけじゃないから、多少は動きづらいが、これなら何とか。
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