【18】歯止め

71.暴露

暴露1

 迫り出した入道雲があっという間に空を覆い、一気に外を暗くした。天気予報なんか見てはいなかったが、スマホに雨雲が近づいていますと警告が出て傘を忘れたことに気付く。窓を閉め、扇風機を止めて荷物を纏め終わった頃には、ザーザーと大雨が降り始めていた。


「直接行った方がいいかな」


 陣は窓の外を眺めて言う。

 気持ちはわかる。そりゃ、濡れたくはない。


「凌は美桜のマンション、知ってるんだよね。僕はこっちの地理にはまだ疎くて」


 つまりは誘導しろってことらしい。


「いいけど……。飯田さんのこともあるからなぁ」


「飯田さん?」


「美桜んとこの家政婦さん。ちょっと前に魔法見られちゃって……、いや、見られたというか、誤魔化したから気付いていなかったらいいんだけど」


 口をもごもごさせていると、陣は眉をしかめてこっちを睨んでくる。


「“こっち”でも危ない橋を渡ってるんだな、君は」


「そういうわけで、行くのは構わないけど、直接はダメだからな。あそこオートロックだし」


「事情は何となくわかった。凌に任せるよ」


「悪いな」


 部室から直接魔法で移動する――なんてこと、普通に考えたらありえないだろうに、そのこと自体には何の違和感も抱かなくなってしまった自分が居る。大体“表”で物理法則に反した魔法を使うこと自体おかしいってのに。

 意識を集中させ、足元に魔法陣を描く。空っぽの魔法陣が出現すると、陣がよいしょと円の中に入ってくる。


 ――“美桜のマンションの前まで二人を運べ”


 相変わらずの日本語の命令文に陣がひと言。


「レグルの文字覚える気、ないだろ」


 魔法陣が光り出す。


「いや、なくはないんだけど」


 弁明したが、誤魔化しきれない。

 陣は口をへの字に曲げて、ご機嫌悪そうにしていた。





□━□━□━□━□━□━□━□





 マンション手前の歩道。イメージが間に合い、きちんと傘を差していた。

 思いのほか強い雨で、足元はあっという間に濡れてしまった。うっかり傘を出し損ねた陣が、


「しまった」


 と声を出すので傘を差し出すと、男二人相合い傘という、何とも微妙な状態になった。


「凌、どうして建物の中に飛ばなかったんだ。びちょびちょになっちゃったじゃないか」


 濡れるのが嫌で仕方なかったんだろう、顔をグイと近づけて本気で怒鳴り散らす。


「防犯カメラに突然魔法で現れたのが写ったら面倒くさいと思ったんだよ。ちゃんと考えての行動だって。いいから行くぞ」


 数メートル歩き、マンションの入り口へ。背丈の不揃いなソテツが数本、頭を垂れるようにして俺たちを出迎える。自動ドアを抜けてエントランスへ入り、傘を畳んで傘立てに突っ込んでいると、陣がまた不機嫌そうに、


「凌のせいでびしょ濡れだ」


 と言い放つ。


「濡れたら乾かしゃいいだろ」


「そんな簡単に乾く? 霧雨じゃないんだよ?」


「魔法は。お得意の魔法使えばいいだろ」


「君はまたそうやって問題をすり替える」


 確かに靴の中まで雨が入り込み、気持ち悪い。上履きから替えたスニーカーがあっという間に水浸しだ。荷物も濡れてしまっているし、シャツもズボンも身体にピッタリと張り付くくらいにびちょびちょだ。

 この状態で美桜のとこに行くのは忍びない。例によって乾いた状態を強くイメージする。薄汚れた状態じゃ、飯田さんにも申し訳なくて、とてもじゃないがお邪魔する気になれないのだ。


「あれ? 凌、魔法陣は」


 顔を上げると、陣は自分の濡れた靴や制服と、すっかり乾いた俺の格好を見比べて目を丸くしていた。


「いや。必要ないけど」


 陣は顔を険しくし、どうなってるんだと呟く。そして小さな魔法陣を出し、文字を刻んで体の下から上までスライドさせた。パンと弾けるようにして雨粒が飛び散り、脱水機にでもかけたかのようにすっかり服を乾かしていた。

 柔らかな茶色の髪を掻き上げて、陣はフゥとため息を吐く。


「これが“能力の解放”がもたらした結果なのだとしたら、末恐ろしい。やっぱり君は、何か秘めたものを持っているのかもしれない」


 陣の言葉の意味はさっぱりわからないが、そんなことよりさっきの魔法陣は誰かに見られてやしなかったか。防犯カメラがあるって忠告したはずだったのに、俺の気遣いが無駄になるじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る