秘密の共有4
鎌をかける。
この答え如何によっては粗方事態の予想が付くというもの。
「――やっぱり、凌は知ってたんだな。知ってて彼女を野放しに」
「ちょ、ちょっと待てよ。なんだよそれ。俺は彼女の保護者じゃない。彼女は自分の意思で動いているし、俺にだって俺の時間がある。同じ家で暮らしてるわけじゃないんだから、四六時中彼女と行動を共にするのは無理だ。特に今、学校でさえ同じ時間を過ごすことはないってのに、どうやって彼女を拘束すりゃいいんだ」
思わず、立ち上がって声を荒げてしまった。
陣は勝手だ。俺のことをなんだと思って。
「……確かに、君の言うとおりだ。けど、今は残念ながら、君の力が必要だ。あまり口には出したくなかったんだが、ここはレグルノーラとは別の世界、喋ってもさし支えないだろう。――『“ドレグ・ルゴラ”の動きが活発になってきている』と、ディアナ様はおっしゃった。レグルノーラを分厚い雲ですっぽり隠してしまったかの竜が、少し前キャンプ上空に現れた。あのときは部隊や干渉者らが力を合わせて追い返したらしいが、あの様子じゃいつ都市部に現れてもおかしくないと怯えた様子だった。僕はそのとき、あいにく別の場所にいて騒ぎには気付かなかったが、かの竜を目の当たりにした誰もが、恐ろしく巨大で逆らいがたいものだったと答えた。それまではただの伝説に過ぎなかった時空の狭間の竜が実在したことで、レグルノーラはかつてない恐怖に包まれた。かの竜の出現は世界の終わりを予感させる。とても危険な存在だ。そんな恐ろしい存在が、僕らと同じ人間の姿になって何食わぬ顔をして歩いていたら――、誰だって、いい気はしないだろう。ディアナ様が言うには、かつて竜は人に化け、異界の少女をたぶらかし子を宿らせたのだそうだ。やがて子は生まれ、成長した。それが美桜だという。滑稽な話だ。それを直ぐに信じろと言ったディアナ様を、僕は恨むこともできない。恨むより前に、いろんなことが頭を巡った。信じたくはないけど、彼女の中に確実に特別なものが流れていることを、僕自身、ずっと感じ取っていたからだ。彼女は、美桜は特別で、守らなくちゃいけない存在で、だけど誰よりずっと大きな力を持っている。そう思っていた。それがまさか、レグルノーラを混沌に陥れようとするかの竜の血を引いていただなんて、僕は一体どうしたらいい。悩み、悩んだ。彼女とは最近、“向こう”でも殆ど会うことはなかった。お互い、自分の使命を果たすので精一杯で、顔を合わせる機会すら失っていた。そんなときだ。ディアナ様にこの話をされ、僕の頭は真っ白になった。それどころじゃない。同時に、美桜に異変が起きているようだと知らされた。ディアナ様自身、最近お疲れの様子でなかなか塔を出ることができない。そこで、僕に美桜の様子を見るようにと伝えてきた。凌に力を借りろと、ディアナ様はおっしゃった。――頼む。何が起きているのか、一緒に確認して欲しい」
俺が何か言おうとするのを遮って、陣は一気にまくし立てた。
陣郁馬の姿でこれだけ真剣だったのは、黒大蛇に美桜がやられて以来のこと。
断りようがない。
「わかった」
と小さくうなずき、
「俺の話も少しだけ聞いて欲しい」
と、静かに言う。
「キャンプでドレグ・ルゴラを追っ払ったのは俺だよ。ついでに言うと、かの竜には名前も顔も覚えられてしまってる。ちょっと、確執があって。美桜と竜の関係について、俺は偶々知った。いつ誰に相談したらいいのか、信頼すべき仲間は誰なのか、長い間探っていたことを許して欲しい。命に関わるかもしれない大事なことだったから、簡単に口に出すことができなくて。俺は、美桜自身はこのことについては知らないんじゃないかと仮定して動いている。実際のところは……わからない。けど、もし彼女が自分の出生について知ってしまって、その上暴走なんてしてしまったらとんでもないことになると想定したからだと、ここは理解して欲しい。だけど……よかった。陣が、ジークがこの話題を共有できる初めての仲間で。俺はどうにもならなければ一人で全部抱え込む覚悟だった」
言い終えると、今まで喉につっかえていた大きなモノがすっかり取れてしまったような気がした。
そうだ。俺の中で最大の懸案事項は、ドレグ・ルゴラの存在。天を覆い尽くさんばかりの巨体で絶対的な力を見せつけるあの竜に、俺は命を狙われているのだ。
「あのとき……カフェで、凌にこれ以上美桜と親密にならないでくれと頼んだのを、覚えてるか」
「ああ」
ディアナと引き合わせるため、ジークが一芝居打ったときのことだ。
美桜は俺を好いているらしい、だが、同時に巻き込みたくないとも思っているようだと。だからこれ以上親密にならないで欲しい。そう、言った。
「親密どころか、もう後に引けないところまで来ていたんだな」
距離を縮めず、守ってやって欲しいと、そんな感じのことを言われた。それだって、難しいことだった。彼女は俺との距離を縮めようとはしなかったし、俺も意識して縮めたりはしなかった。だけど、知らず知らずのうちに、彼女の知ってはいけない秘密まで全部知らされてしまったのだ。
恋心とか、恋愛感情とか、そういう問題じゃなくて。
俺は一人の人間として彼女を守らなければと固く誓った。
ディアナの呪いに負けたわけでもない、目の前で展開された辛い出来事に打ちのめされたわけでもない。
自分自身で、そう選択した。
「君が全てを知っていて、よかった。行こうか」
陣は立ち上がり、ゆっくりと右手を差し出した。
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