秘密の共有2

 次の日、須川怜依奈は目の下にくっきりとくまを作った酷い顔で現れた。ゲッソリとして肩を落とし、ようやく歩いてきましたという感じだった。

 流石の俺も気になって、補習前に須川の席まで行った。


「身体中ギシギシして、頭がガンガンするの。微熱だったし、夏風邪かなって」


 声まで辛そうだ。


「それ、もしかして“向こう”に行った反動かもな。俺も最初の数日は、身体が痛くて大変だった。今は何ともないけど。……悪いことしたな」


「ハ……ハハ。そうなんだ。おかしいよね。身体は“こっち”に置いてってるのに、なんでこんなに。凌、あとで補習プリントの答え写させて」


「了解了解。無理すんなよ」


 数ヶ月前の俺もあんなんだったか。ま、寝込むほどじゃなかったから、須川よりずっと症状は軽かったのかもしれない。それに、俺のときはまだこんな暑くなかった。真夏のジリジリとした暑さが加わって、須川の体力を奪ったのだろうと考えると、何となく可哀想な気もしてくる。


「大丈夫。また、連れてってよ」


 須川は気丈に口角を上げて見せた。





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 夏休み、フルで補習を言い渡された俺と違って、大抵のヤツは該当教科の補習が終われば帰るわけで。人数によっては他の教室に移動してみたり、ほぼ教師とワンツーマン状態だったり、案外せわしない。

 教室の窓は常に全開で、補習には縁遠いが部活で夏休みを潰されてる連中がせっせとグラウンドで走り込みをしている声が聞こえてきていた。

 ある日は日差しに音がついているのではと思えるほど突き刺すような光に照らされ、ある日は熱気が籠もりすぎて扇風機や下敷きの団扇では太刀打ちできぬというのに、頼りの扇風機の風が教師の方にだけ向いていた。かと思えば突然の土砂降りに見舞われ、傘忘れたなと虚しい気持ちになる日もあったり、ゴロゴロと雷が鳴っているのに窓も閉めず板書とにらめっこしていた日もあったりした。

 峰岸始め、何人かの男子がガン飛ばしてくることは多かったが、だんだん慣れた。ヤツらはヒソヒソ話で俺と美桜、須川を三角関係だとはやし立てていたが、何度も聞くウチに馬鹿馬鹿しく相手にすべきではないという結論に至った。恐らくいつぞやのコラージュ写真も、こういう偏見を持ったヤツらの犯行じゃなかろうかと思うと、美桜が最初に笑い飛ばしていた理由がわかった気がする。要は、相手にするほどこちらは暇ではないのだ。

 補習が終わった後に部室に行く習慣は続いていて、俺と芝山、時々須川が混じる構図も一緒だった。

 美桜が居ないこともあってか、須川はだいぶ落ち着いていた。手に触れてレグルノーラに飛ぶ訓練を何度も続けているウチに、何となく“向こう”へ行く感覚も掴めてきたらしかった。古賀の居た農村じゃなくて、都市部やキャンプの付近など、あっちこっちに飛んでみたが、須川はこれを旅行感覚で楽しんでいて、幾度となく遊びで連れてきてるわけじゃないと突っ込んだ。

 イメージの具現化も簡単なものならできるようになってきて、彼女の身の回りにある文房具やコスメくらいならパッと思い浮かべて出せるようになっていた。が、武器には俺同様疎いらしく、しばらく時間はかかりそうだ。

 芝山はというと、帆船のおさとして仲間と砂漠の旅を楽しんでいるそうで、偶にザイルや船員たちの様子を教えてくれる。コックの新作料理の話、まだ俺が出会っていない砂漠特有の魔物の話、それからレグル文字の法則について。

 実際、部室に居る時間なんてほんの二時間程度。話せることやできることは限られていたけれど、芝山から補習のおさらいをしてもらい、レグルノーラへ向かい、冷えたサイダーを飲み、須川に干渉の手ほどきをし……と、充実した時間を過ごせた。

 あの日以来、テニス部と補習で手一杯なのか、古賀は部室に来ることもなかった。補習で顔を合わせたとしても、“向こう”の話なんかすることもないわけで。

 面倒くさいけどそれなりに楽しんだ補習期間もあと少しという頃。

 陣郁馬が久々に俺の前に現れた。

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