波乱の予感3

「多分、二次。言われてみればぼんやりと色が付いているようにも見えなくはない。余程神経を集中させないと判別は難しい。要するに、一次と違って二次はわかりづらいんだよ。だから見つけにくい」


「何だ、“二次”って」と古賀。


「干渉者は“一次干渉者”と“二次干渉者”に分類されるんです。自力でレグルノーラに飛べる“一次干渉者”は、力もハッキリとしていて、仲間同士である程度見分けが付くんです。一方の“二次干渉者”は“一次干渉者”の影響下でしか動くことができません。誰の影響下にいるかはそれぞれ違うと思うんですが、この学校では多分美桜の影響を受けてる人の方が多いかな」


「美桜っていうのは芳野美桜のことか? 何で彼女が」


「説明すると長くなりますけど、美桜の力、結構大きいんで影響を受けて二次干渉者になった人は多いんじゃないかと」


 ふぅんと古賀はわかったようなわからないような声を出した。

 ま、当然至極の反応だ。


「……あれ、でも先生、昨日“向こう”来てましたよね? 美桜は補習には来てないし。てことは、違うのか」


 頭を掻きつつ悩んでいると、芝山が何か思いついたように小さく手を上げた。


「あの、先生。ここ最近うまく“向こう”に行けなかった期間とか、ありませんでしたか。

例えば、行きたいなと思ったけど、普段と違って行く前に意識が途切れる、みたいなことは」


「ああ~、あるよ。しょっちゅうな。長期休暇中や土日は上手くいかないし、自宅じゃ飛ぶことすらできない。だから最初は、教師生活からの逃亡願望の表れかとも思ったくらいだ。そういや、ここ半月くらいは学校でさえまともに飛べないときがあって。スランプだなと思ってたら、最近急に行けるようになった。……それが?」


「先生は、もしかして来澄の二次干渉者なんじゃないですか。美桜じゃなくて」


「へ?」


 俺も古賀も、変な声を出した。


「だって、俺がレグルノーラに行くようになったのは春からで、先生は去年の夏から向こうへ行けてるんだぞ? それっておかしくないか?」


「おかしくはないと思う。つまり来澄はちょっと前までその自覚がなかっただけで、素質はあったってことかもしれないだろ。美桜に“飛び方”を習う前も、もしかしたら須川さんみたいに、無自覚に飛んでいたのかもしれない。その影響を古賀先生が知らないうちに受けてたって考えたら、まぁ筋は通る。そりゃ、美桜の力は強いけど、来澄の力だって相当なものだ。君の二次干渉者だって、一定数居ておかしくないと思うよ」


 買い被りすぎだろ、いくら何でも。

 思わず渋い顔をしてしまったが、確かに美桜は俺に言った。『“夢”を介して、何度か来ているはず』だと。夢想癖がないわけでなないけれど、そんなことを言われると考え込んでしまう。

 農業用の堰に落っこちて幼い美桜のところへ飛んでしまったあれが、幻覚や夢ではなく現実だったのだと最近知った。あれが全ての始まりだったことに違いはない。俺はあの事故が切っ掛けで周囲に心を閉ざすようになってしまったし、性格もひん曲がった。あの後何度も“向こう”へ行こうとやり方もわからずに試行錯誤したが、意識的に飛ぶことはできなかった。それでも無意識下では何度もレグルノーラへ飛んでいたのだろうか。――それだけの力が、あったと仮定していいのだろうか。


「お、俺と美桜の他にも隠れた一次干渉者が居るかもしれないだろ。そいつの影響とも考えられる」


「ま、そりゃそうだけど」


 芝山は自分の考えをなかなか受け入れてくれない俺にイライラを募らせているように見えた。美桜にも言われた気がするが、俺は自分の力を強いだとか凄いだとか、そういう風に思ったことはない。ただ今生きることに必死なだけだ。

 他の人間と俺の決定的な違いは、レグルノーラに対する裏切りが即死を意味する呪いを塔の魔女ディアナにかけられてしまったこと。当然、美幸との約束や美桜に対する気持ちもある程度原動力にはなっているが、世界を救わなければならないという脅迫にも似た使命が、無理やり成長を促しているのではないかと思うわけで。


「どうしても知りたいことが一つある」


 古賀は両肘を長机に載っけて神妙な顔をした。


「翠清学園高校っていう狭い範囲に、どうしてこんなにもレグルノーラの関係者が居るのかってことだ。Rユニオンを知る前までは、偶然に俺だけ異世界に飛んでしまったのかと思っていたが、そうじゃないんだろう。ユニオンのメンバー五人と俺、他にもゴロゴロいそうな予感がする。何か理由があってここに集中してる。それが何故なのか、お前たちは知ってるんじゃないのか」


 鋭い、ところを突く。

 実に答えにくい質問だ。

 古賀の背後で扇風機が悠々と首を振っている。飲みかけのサイダーには汗がびっしり付いて、長机に垂れた水滴が辺りを濡らした。

 芝山が隣で俺の顔を覗き込む。自分は知らない、君は知っているのかと無言で尋ねてくる。

 知ってる。

 知ってるさ。

 だからこそ、どう答えたらいいのかわからない。そのくらい、事態は複雑化していて、俺一人じゃどうにもできないところまで来ているんだ。

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