波乱の予感2
「面倒なことになってるな」
と、芝山は言った。
午前中の補習が全て終わって、暑苦しい三階の部室へ二人肩を並べて階段を上りながらの会話だ。
「俺、峰岸のヤツには嫌われてる印象、なかったんだけど。今日突然だぜ」
背中を丸め、のしのしと足を運ぶ。
暑い空気は上に行くという、それを正に肌で実感している。
「峰岸君だけじゃなくて、彼の友人の何人かも、君のことをあまり良くは思っていないようだ。敵が多いな、来澄は」
「ほっとけ。しかし、同じように女子と絡んでも、陣は全然標的にならないじゃないか。アレはどういうカラクリ? イケメンには何か無条件で好かれるスキルでも備わってんの?」
「来澄は急にモテたように見えたからじゃないか。ちなみに、陣君は女子だけに優しいわけじゃなくて、まんべんなく優しい。中身が大人だから、その辺上手いよね」
「ハッ。そういうこと? ま、最初から敵わない相手だから別にどうでもいいけどさ。そういえば、古賀に言われたんだ。活動と銘打って集まれないかって。その辺も、ちょっと相談したいんだけど」
「古賀先生? え? 何で?」
「ま、それはおいおい……」
部室の戸を開け、いざ入ろうとすると、先客がいた。
それどころか、部室内には涼しい空気が漂っていた。
「よ。来たな」
窓際の席に座っていた大柄の男性がスッと手を上げる。
「あれ、古賀先生。いらしてたんですか」
芝山は事態が飲み込めず、俺と古賀の顔を何度も見比べた。
古賀はニヤニヤと何か言いたげに口元を緩めている。
「今日はテニス部の方が休みだからな。ちょっと顔出しと、差し入れ」
クイクイと古賀が親指で示す先には扇風機。更に、部室の隅には四角い白い箱。
「扇風機と冷蔵庫! どうしたんですか、これ」
「ああ、これか。一人暮らししてたときの家電。ウチの納屋に置きっぱなしだったんで、捨てるよりはいいかと思ってな。クソ暑くて困ってただろ」
古賀は椅子に深く腰掛け、腕組みして如何にも褒め称えよとアピールしているように見えた。
期待に応え、芝山が深々と礼をして、
「ありがとうございます!」
と言うので、俺もとってつけたようにとりあえず頭を下げた。
「ま、座れや」
と、古賀はまたニヤニヤして立ち上がり、おもむろに冷蔵庫のドアを開けた。
「今朝早くから電源入れてたから大丈夫かな……、お、冷えてる冷えてる。これ、俺からの差し入れね。箱買いしておいたから、順次冷やして飲むように。後は各自補充しろよ」
長机の上にポンポンと三本の缶ジュース。天然水サイダーとは気が利く。
「あざーっす」
コレばかりは自発的に声を出さざるを得ない。
うだるような暑さの毎日が続いて、その上連日の補習ときたもんだ。涼しい自宅で快適にダラダラ過ごしたい派としては、どうにかして補習をさっさと乗り切り、残りの夏休みゴロゴロしたい。まだ折り返しにも来ていないこの補習期間、炎天下での通学と蒸し風呂のような教室での缶詰は結構堪える。
いわば、生命のオアシス的なサイダーの登場。喉を通る炭酸が、この上なく心地いい。
「安売りの品物だが、役には立ちそうだな」
古賀は満足そうに小さくうなずき、俺と芝山に向かい合うようにして座り直した。
「……と、ここまでは前段。芝山、『Rユニオン』の活動方針、考えたのお前か?」
突然話題を振られ、芝山は裏返った声で返事した。
「わかる人にはわかる、わからない人にはわからない。ああいうの、好きだな。まさかと思ったが、お陰で仲間に出会えたってわけだ。そこは素直に感謝したい。理由はわからないが、同じ状況の人間が狭い範囲にこれだけいるってのは、何かがあるんだろうな。その辺、もし詳しいことを知っているなら知りたいし、俺に何か出来ることがあるなら協力してやりたいんだが。……どうした、芝山。何か困りごとでも?」
「え、いや。あの、先生。一体、何の話」
ハンカチで額から流れ落ちる汗を拭きながら、芝山は顔を引きつらせていた。
本当はこれからゆっくり説明するはずだったのにと、俺は仕方なく、
「干渉者なんだよ。古賀先生も」
「へ? え? ええ?」
芝山は気の抜けたような変な驚き方をして、俺と古賀を何度も見比べた。
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