69.波乱の予感
波乱の予感1
「来澄、お前最近モテモテじゃん」
不意に話しかけられ、俺はハッと意識を戻した。
補習の合間だった。暑さと疲れから居眠りをしてしまったらしい。頭を上げ、口から垂れていたヨダレを慌てて腕で拭って、声の主に目線をやる。
峰岸健太。ちょいと前まで偶に一緒に下校する程度の仲だった。
「あ、いや。別に、そんなことないけど」
咄嗟に答えた。余計なことを言うと何かしら詮索されそうで、俺は本題に入らぬよう誤魔化し、適当に笑って見せた。
「そうかぁ? だって、芳野と付き合ってるって聞いてたのに、今は須川だろ? どっちも変わり者だけど、顔は上の上に上の下だし。羨ましいよな。どうすればそうそう女子にモテモテになるわけ?」
「さぁ。俺が知りたいけど」
峰岸の声はどうもあまり好意的でないように思えて、俺はそっと目を逸らした。
「モテる男は余裕だねぇ~! すげーな。女の趣味ってわかんねぇ」
わざと大声を張り上げ、パンパンと手を叩く。
何だ。俺が何したよ。
ムッとしたが、いちいち反応するのも馬鹿臭い。無視を決め込んで小指で耳をほじり、ふと窓側の席に目をやった。今日は須川は来ていない。該当の補習が終わったからか、何か用事があったのか。
ダンと大きく机を叩く音がして、誰かが立ち上がった。芝山だ。
「峰岸君」
と声を低くし、芝山は眼鏡の位置を直しながら振り返った。そのまま彼はギッと峰岸を睨んだが、さらさらのキノコヘアが邪魔してあまり格好良くは見えない。
「人を妬むのは結構だけど、それ以前に君は自分で好かれようという努力はしているのかな。来澄君が女子に好意を持たれるのはそれ相応の結果だってこと。第一今はそんなことに気を取られていないで、しっかり補習に取り組むべきじゃないか。それとも、君はすっかり余裕で履修テストに合格できるのかな」
クラス委員らしくビシッと決めるところは決め、それからフンと鼻息を漏らす。優等生的な言葉に、俺はどう反応していいのやら。一応、俺に気を遣ってくれてるんだよな? また誤解を生むようなことにならなければいいが。
チッと舌打ちし、峰岸は席に戻っていった。
何だろう、最近女子からだけじゃなく、男子からも変な目を向けられるようになってきた気がする。
大体、人間関係なんて築こうとして築けるものでもない。どうにか他人とコミュニケーションを取らなければと焦っているウチは空回りばかりだし、逆に面倒なことには巻き込まれたくないと思えば思うほど、周囲は嫌というほど絡んでくる。
別に、望んでたわけでもなければ、こっちからアプローチしたわけでもない。
それに、モテてるってのは気のせいで、単に振り回されてるだけなんだが、そんなことを言おうものなら更なる攻撃を受けかねない。ここは黙って、放置プレイに徹するのが吉だろう。
しかし、人間ってのは面倒くさい。
誰が誰と付き合おうが、誰と誰が仲良くしてようが、どうでもいいじゃないか。それが自分の人生にどれくらい大きな影響を与えると思っているのか。俺には理解できない。
朝や昼の、主婦層ターゲットの情報番組なんかはその最たる例だ。芸能人の誰と誰が付き合っていて、誰と誰が不倫して。だから何。そういうことにエネルギー使うくらいなら、もっと別の方向へ関心を向けるべきじゃないのか。
峰岸の変な嫉妬心を垣間見て、俺は心底馬鹿馬鹿しく思った。
そんなことより、俺にはもっと大事なことが沢山ある。
レグルノーラに関係する人間はもしかしたらもっともっと多くて、互いに存在を知らないだけかもしれないのだ。物理の古賀がそうだったように、力の大小の違いはあれど、俺たちよりも長い間レグルノーラを行き来している人間が潜んでいる可能性はかなり大きい。
注意深く周囲を観察し、彼らがもし悪意を持ってレグルノーラに干渉しているのだとしたら、その黒い力を素早く察知しなければならない。
残念ながら、須川は大ボスじゃない。
彼女が俺に敵意じゃなくて好意……だと本人は言っているが、そういう感情を持っていると告白したあの日から、彼女の周りの黒いモノは殆ど消え去った。しかし、学校の中を歩いていると、まだまだ変なもやが立ちこめている。それがどこから来ているのか、集中力が足りないせいか、直ぐに判断できないのだ。
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