偶然か必然か3

 日の光さえ差せばもっと美しいだろうと思うと、広大な景色が酷く勿体ない物に見えた。

 光を欲して伸びる牧草や野菜たちにとっては過酷な環境なのではないかと思えてならない。

 日が差さなくなったのはいつ頃からなのか。

 この世界ではそれが当たり前で、植物は雲を抜ける僅かな光だけでも十分光合成できるよう進化しているのかもしれないし、そのぶん肥料を与えることで栄養価の高い作物を生産しているのかもしれない。

 ま、その辺は俺の知ったこっちゃないわけだが。

 突然の来訪者に興味を持った家畜たちが柵越しに集まり、モーモーと牛のような鳴き声を上げる。牛にしては毛深く丸っこい、変な生き物だ。

 須川は気持ち悪がって俺の脇にピッタリ身を寄せてくる。どちらかというと可愛い系女子の部類に入る須川にすり寄られるのは悪い気はしないが、美桜がどこからか見ていて殺気を飛ばしているように感じるのは何故だろうか。

 農場に伸びる小道を進んでいくと、小屋に行き当たった。

 周囲には整然と耕され作物の植えられた畑がいくつかの区分に分けられて広がっている。

 蝶がちらちらと飛び、ブーンと小さな蜂のような音が聞こえた。

 ……と、ここまでは単にのどかな田舎町の散策だったのだが、小屋の中をそっと覗き込んだとき、その状況は一変した。

 煉瓦造りの小屋だった。木枠の窓に薄いガラスがはめ込まれていて、そこががらんと開いていた。俺と須川は何の気なしにそこから中を覗き、目を丸くする。およそ農場の平穏さに関連性のないものがそこに居座っていたからだ。

 思わずアッと声を上げた。それが、中に居た誰かに見つかった。

 中の人物はのっそりと立ち上がり、その大きな物体の陰から俺たち二人を見つめている。

 ヤバイ。

 咄嗟にそう感じて頭をかがめたが、中の人物はすっかり俺たちの存在を認識していて、こともあろうかぐるりとその物体の前に回ってきて、窓枠から顔を出した。


「来澄……と、須、川?」


 低い男の声だった。

 心臓が貫かれるかと思うほど激しく鳴って、俺はなかなか声の方を向けなかった。

 先にその男の正体を知ったのは須川の方だった。


「古賀先生」


 古賀、というと、確か物理の。まさか。

 俺はゆっくりと頭を上げ、その人物の顔を確かめた。


「やっぱり来澄だ。なんでお前らがここに」


 日焼けた顔を出していたのは、物理教諭の古賀あきら。色黒で筋肉質な古賀は、白い目玉を大きくして俺たちをまじまじと見つめている。


「やっぱり、“Rユニオン”の“R”は“レグルノーラ”の“R”だったんだな」


 ドキリと、耳元で大きく心臓の音が鳴り響いた。

 何を言ってるんだ、この人は。

 俺は二、三歩引き下がって、古賀から距離を取ろうとした。

 どういうことだ。

 古賀も、まさか干渉者……? そんな気配、どこにも。


「ちょっと入っていかないか」


 俺の気持ちを余所に、古賀はニカッと笑って俺と須川を中へ招いた。

 須川は素直に入り口の方へ足を向けたが、俺はなかなか行きたいという気持ちにはなれず、その場でしばらく黙り込んでしまった。

 当然だろ。

 だって、俺たち生徒だけじゃなくて、教師の方にまで干渉者が居たってのは、ちょっと想像できなかったし。大体、偶々適当に顧問になって欲しいと芝山が声をかけた相手が古賀で、その古賀が干渉者だったなんて、そんな話、出来すぎてる。


「ホラ、入ろうよ、凌。先生が呼んでるよ」


 わざわざ須川が引き返してきて、俺の腕を引っ張った。気が進まない。だって、どう考えてもおかしすぎる。

 重い足取りのまま、壁伝いに歩き、開けっ放しの広い入り口から壁の中に入る。中は外よりまた一層ひんやりとしている。仕切りのない薄暗い空間に、ドンと存在感のある銀色の物体。その前に立って古賀はニカニカと不敵に笑みを浮かべていた。


「俺の他にも同じように“こっちの世界”に飛んでこられる人間が居るとは聞いていたが、まさかそれがお前たちだったなんてな」


 腕組みし、白髪交じりの頭を何度も振って、さも感心したかのように何度もうなずく古賀。この様子、まさか本当に偶然なのか?


「お前たちはいつからこっちに?」


「ご、五月頃から。須川は今日が初めてで」


「なんだ、意外と経験浅いんだな」


「先生はいつから」


「去年……の、今頃からかな。一年近く経つ」


 つまり、美桜が入学し、その頃から徐々に影響を受けてたと? 彼が美桜の二次干渉者ならという話だが。


「せ……、先生はここで何を。その後ろにあるのは何なんですか」


「あ、これか? これはな」


 古賀はサッと脇に避けて、それから尻ポケットに入れていたリモコンを取り出し操作した。

 パッと照明が付き、銀色の物体が照らし出される。

 それは巨大な甲虫のような――丸いフォルムに羽を生やし、背中の部分に座席を有した乗り物だった。座席は二つ。前と後ろ。後ろに大きめの排気管。丸く縁取られたフロントガラスがシャープさを増している。軽自動車大のそれは、圧倒的な存在感でそこに鎮座していた。


「エアカーを少し改良して、上部を取り払ったんだ。空中戦はエアバイクだと不安定だし、エアカーじゃ動きにくい。真ん中の代物が出来ないかと試行錯誤半年、かな。使う日が来るかどうかわからないけど、どうやら街中で魔物が暴れまわってるって話も聞いたし、少しでも役に立てないかと思ってな。上手くいったら大量生産してもらう。そうすれば、竜に乗れない能力者もどんどん空中戦に参加できるようになる。エアカーより小回り効くから結構役に立つと思うんだ」


 古賀は誇らしげに語った。

 待てよ。話を聞く限り、古賀はかなり細かいことまで知ってる。しかも、俺の知らないところにまで人脈を持ってる。


「せ……、先生は魔法、使える人?」


 恐る恐る聞くと、古賀はハハハと苦笑いした。


「いいや。世界を行き来するところまでは出来るんだが、そういうのは使えなかった。正確には、使えると聞いて努力してみたが、そういう才能はなかった。だから、機械いじりしたり野菜作ってみたりして、異世界ライフというヤツを満喫してる。どうやら“こっち”では、思い描いたとおりにものを作ることはできるようだからさ。授業の合間、部活の後、そういうちょっとした時間を利用して、ちょくちょく来てるんだ。いい気晴らしになる。そういう来澄は何してるんだ? バリバリと魔法使って戦闘に参加とか?」


「ま、そんなとこです」


「へぇ~、意外だな。運動が得意なら運動部にでも入れば良いのに。そういえばこの間教室で騒ぎがあっただろ。魔物が出たとか魔法がどうのとか色々耳にしたが、お前まさか関係者じゃないだろうな」


「まぁ、そのまさかで」


 須川に目線を移すと、彼女はばつが悪そうにそっぽを向いた。


「知らないだけでたくさん居たわけか。ここ“レグルノーラ”に関わりのある人間が。ということは、Rユニオンのメンバーは全員、その関係者、なんだな?」


 古賀の尋問に、俺も須川も首を縦に振る以外ない。


「だとすると、色々と俺も話しておきたいことがある。お前たちにも聞きたいことがあるし。一度、活動と銘打って集まった方がいいな」


 眉間にしわ寄せ、古賀は何かを考えている様子だった。それがなんなのか、俺たちが知るのはもう少し先のこと。

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