偶然か必然か2

 雲を抜け、街並みを眼下に臨む。

 二つの世界の境界線を抜けて風を切り、俺と須川は異界の大地に降り立っていた。

 初めて図書室から飛んだからなのか、いつもの小路じゃないところに着いてしまった。

 周囲を見まわす。

 ここは街……ではなく、中心部からは随分外れた場所。かといって、森の側にあったキャンプとも位置が違う。視界の奥には欧米の田舎町みたいに疎らに煉瓦造りの家が建ち並んでいて、柵で囲まれた草地に牛や羊に似た動物が放牧されている。要するに、農村ってヤツだ。

 人が生きていくためには当然それを作る手段が必要なわけで、この世界ではそれが一体どこからやってくるのかさっぱり見当が付かなかったが、どうやらここが第一次産業の中心地らしい。見事なまでの田畑に牧場。のどかな風景が広がっている。

 何か物足りなく感じるのは、日の光が分厚い雲ですっかり遮られてしまっているからだろう。なぜかしらレグルノーラはどこにいっても曇り空で、晴れた日なんて一度だって経験したことがない。この曇天にも隠された秘密がありそうだが、それを知る日が来るのかどうかは甚だ疑問だ。

 異世界に辿り着いたのだと須川が理解するまで数分。目をそっと開け、俺の顔と周囲の景色を見比べて、腰から砕けるように草地にへたり込んだ。

 初めてレグルノーラに連れてこられたとき、俺も似たようなものだった。そう思うと、何だか懐かしいような恥ずかしいような気持ちになる。


「図書室じゃ……ない。何コレ」


 俺は須川に手を差し出して、


「異世界ってやつだよ。俺たちの身体は今図書室にあって、意識だけがこっちに来てる。でも、ここにもちゃんと肉体はあるし感覚だってある。慣れるまでは意味がわからなくて混乱するけど、まぁ、面白くはあるよね」


 本当は面白さより不可解さが勝っているのだが、あえて前向きに発言してみる。

 須川は俺の手に引っ張られ、やっとこさ立ち上がったが、頭の方はまだ混乱しているようだ。


「俺もこの界隈は初めてだし、ちょっと歩こうか」


「ま、待って。膝が。膝がまだ震えてる」


 足元を見ると、須川は変に内股になって立ちづらそうにしている。


「大丈夫かよ須川」


 声をかけると、


「“怜依奈”でしょ。ちゃんと下の名前で呼んでよね、凌」


 何故に自分に好意だか敵意だかわからないモノを持って攻撃してきた女子を下の名前で呼ばなければならないのか。まさか二人っきりなのをいいことに、既に恋人気分じゃないだろうな。


「はいはい“怜依奈”ね。で、動けないようなら待ってる? 農場のど真ん中だけど」


「ちょ……! そこはさ、負ぶったげようかとか肩貸そうかとか、そういう話にはならないの?」


「はいはいはいはい。元気そうだし、自分で歩こうか」


「最低! 冷徹! 女子には気を遣いなさいよ!」


 須川はへっぴり腰で俺の腰にしがみつこうとシャツの裾を掴んでくる。本当に辛そうだ。それに、肩まで震わしている。


「何かここ、寒いんだけど。凌は平気なの?」


「ま、慣れてるからな。上着は……、そっか。夏だから着てないのか」


 “こっち”に来慣れてる俺と違って、須川は図書室にいたまんまの格好。上履きに盛夏仕様の制服じゃ寒いのか。スカートだしな。

 ブレザーくらい出してやるか。女子用のそれを頭に思い描き、手に重みを感じたところでスッと須川の肩にかけてやる。


「サイズ、合ってるかわからないけど」


 突如として現れたブレザーに驚いて須川は手を離し、目を丸くして物を確かめる。


「あり……がと?」


 袖を通すと丁度よかったらしい。困惑しながらも一応の礼を言って、須川は頬を赤らめた。


「ホラ、行くぞ」


「え、待ってよ。凌ってばぁ!」





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