68.偶然か必然か

偶然か必然か1

 人にものを教えるのは苦手だ。第一、自分でもよくわかっていないのに、どうしたら他人に自分の知識を伝えることができるんだって話な訳で。

 要するに、須川怜依奈にレグルノーラへの行き方を説明するのにはかなり時間がかかった。

 何となくわかっている二つの世界の関係や、一次と二次の干渉者の違いなんかを適当に説明していくとあっという間に時間が流れていった。ただ、それがどのくらい須川に理解できたのかは謎で、ただ機嫌悪そうな顔でうなずくばかり。これでは話がどのくらい飲み込めているのかもわからず、どこまで話を掘り下げたらいいのかわからない。こうなってくると、美桜のスタンスが何となく理解できるようになってくる。つまりは、説明など要らないから身体で覚えろというヤツである。

 芝山は苦い顔で俺の話を聞いていたが、二時前になるとそろそろ時間だからと手を振って帰って行った。そもそも芝山に勉強を教わるため部室に来ていたというのに、俺は当初の目的は果たせなかった。

 俺の夏休み序盤は補習で埋め尽くされている。

 本来ならばこんなことをしている場合ではないのだ。


「芝山も帰ったし、ここも暑いし、とりあえず今日はこのくらいで。後は明日以降ってことで」


 二つの世界をどうやって行き来しているのかということまでザックリ説明を終えたところで、俺は帰ろうかと立ち上がった。

 もういい加減結構な時間が経っていたし、第一暑い。早く涼みたいのだ。


「ええっ、どうして。今すぐ連れてってよ」


「あのさ。そりゃ行こうと思えば行けなくもないけど、さっきも言っただろ。精神力の問題。向こうに行くだけの気力がないと行くに行けないの。暑いから、俺は涼しいところで飛ぶよ」


「じゃ、じゃあ、図書室は。あそこ、勉強してる人もいるし、本が傷まないよう年中適温だから、冷房入ってるでしょ」


「え……っ、図書、室?」


 しまった。断り文句を間違えた。面倒だから帰りたいとでも言えばよかったか。


「いいでしょ? 時間はある?」


「あ、うん、まぁ」


「じゃ、決まりね。行こう」


 須川はそばかす顔に満面の笑みを浮かべて立ち上がると、開け放していた部室の窓に鍵を掛け、荷物を持って俺を図書室まで引っ張っていった。

 強引だ。

 なんだろう、俺の周りの女はどいつもこいつも強引だ。

 美桜といいディアナといい須川といい。なんだってこう、俺の話を全然聞かずにやりたい放題なんだ。

 もうすこし俺が相手の気持ちを読んだ方がいいってことなのか、とりあえず付いてこいといえば付いてくると思われてるだけなのか。いずれにせよ、絶対俺のことを下に見てる。まぁ、誰かの上に立ったり主義主張があったりするわけじゃないから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。





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 須川が言ったとおり、図書室は涼しく静かだった。

 夏休みも図書委員には貸し出し等の仕事があるらしく、入り口で二人ほど黙々と業務をこなしていた。本棚の奥に設置された広めのテーブルに教科書や参考書を広げて勉強しているヤツも何人かいる。当然目当ての本を探しているヤツも何人かいるわけで。要するに、静かだけれど人目に付く場所だ。

 陣が須川を誘うときに言っていた『図書館で何度か会った』というのは本当かもしれない。彼女はいつも本を読んでいたし、今だって迷いなく、気に入りらしい窓際の席に座った。書棚の陰になって、入り口からは見えにくい席だ。隣に座るよう促されたが、それは嫌だなとテーブルの向かい側に腰掛けた。


「で、どうすればいいの」


 須川は嬉しそうにヒソヒソ声で身を乗り出した。


「そ、そうだな……。手、貸して」


 正直、どうしたらいいのか俺にもわからない。ただ、何も知らない人間をレグルノーラに連れて行くんだ。アレしか思い浮かばない。

 右手をそっと差し出す須川。どこを触ればいいのか全然わからないけど、とりあえず、手首を上からギュッと握る。一瞬須川がビクッと身体を震わしたが、そんなことより、俺が誰かを連れて行くことなてできるかどうか、そっちばかりが頭を巡る。


「目、つむって。それから、頭を空っぽにして身体が地面に沈み込んでいくようイメージする。俺が何とか引っ張るから、付いてくる気持ちで」


「う……うん?」


 ま、最初は仕方ない。俺だって美桜に連れて行かれたあの日、何が起きてるのか全然わからないまま、本当に無理やり飛ばされたんだから。

 須川が下を向き、目をつむる。眉間に力を入れて何かを構えている。


「力、抜いていいよ。じゃ、行くよ。いち、にの……さん!」





□■━━━━━・・・・・‥‥‥………





 沈む。

 大丈夫。須川の手の感触が、ちゃんとある。

 薄目を開けると、怯えて身体を丸める須川の姿が目に入った。

 まるで初めてバンジージャンプするみたいな決死の表情。

 ほんの数ヶ月前は、俺も彼女と同じだった。

 何も知らず、何も考えられずに、ただレグルノーラに飛ぶことだけを強要された。

 美桜はあのとき、ホントはどんな気持ちで俺のことを連れてってたんだろう。





………‥‥‥・・・・・━━━━━□■





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