三角関係2

「あれ、芝山君もいたんだ」


 須川だった。相変わらずの愛想の悪さだ。冷たい目線が痛い。


「いるよ。ホラ、一応Rユニオンの代表ってことになってるから」


 特に何の活動方針もない同好会の代表である芝山は、そこにいるのがさも当たり前のように胸を張った。


「ま、いいけど」


 須川はフッと短く息を吐いて、長机の空いている席に座った。スクールバッグから水筒を取り出しグビグビと液体を喉に流し込んでいるが、どうも俺が飲んだのとは違って冷たそうだ。カラカラと水筒の中で氷の踊る気持ちのいい音がしている。


「暑いね。暑い上に、入り口の張り紙もうざったいね。趣味悪いから別のデザインに変えたら?」


 張り紙というのは部室名を書いたA4版の紙のことだろう。

 芝山がパソコンで作ったのだが、何故かしら旧時代の個人ホームページを思わせる古くさいデザインだった。ま、面倒だからそれでいいんじゃないのと俺も陣も適当にうなずいたが、須川には我慢できなかったらしい。緑色のドットで黄色の縁取りとか、明らかに趣味悪げだったし、致し方ない。


「自慢じゃないけどデザインセンスは皆無だから、須川さんが好きにしたらいい。もっとこう、関係者を掴んで離さないくらいの魅力的なヤツで頼むよ」


 芝山も負けじとつっかかる。

 ハハハと俺は苦笑いしかできなくて、何か須川の視線も痛いし、暑いし、帰ろうかなとバッグに荷物を詰め込んで立ち上がろうとした。すると、


「帰らないでよ」


 須川が止める。


「私、来澄君に用事があって来たんだから」


 またギロリと睨んでくる。

 何だ。この前ので解決したんじゃないのか。俺がヘタレだってことで。

 勢いに負け、もう一度椅子に座る。須川が座ったのは俺の真向かい。どうも目の置き場に困る。見たら見たで何見てんのとか言われそうだし、見なきゃ見ないでやましいことがあるからよねとか言われそうだ。


「本当は来澄君にだけ聞きたかったんだけど。部室の方に歩いて行くのが見えたから来てみたら、芝山君も一緒だったなんてちょっと計算外。でも、いいや。教えてもらおうかなと思って」


 何を教えてもらいたいんだ。

 美桜と本当は何があったんだとか、キスの感想はどうだったのとか、そういうことは止めてくれよ。答えにくいというか、答えられない。


「レ……なんだっけ。もう一つの世界? 私、行けるの、かなぁ」


 言いにくそうにぼそりと呟いた須川。そばかすだらけの頬がほんのり赤く染まっている。

 ちょっと、可愛い。

 そういや、須川自身は無意識に干渉してるタイプの干渉者だった。そういう世界があることすら自覚できない状態だったのを思い出す。


「行けるんじゃないかな。多分。それくらいなら簡単に」


 自信はないけど、あんな大蛇を“こっち”で出現させられるくらいだ。潜在能力は相当なものなはず。


「ホントに……?!」


 須川は目をうるうるさせて、身を乗り出してきた。

 うんうんと何度かうなずいてやる。

 なんだ。普通に会話すれば、そこそこ可愛い女子じゃないか。俺、睨まれてばっかりだったから、もしかして須川のことかなり誤解していたのかもしれない。


「じゃ、じゃ、じゃあさ。連れてって。出来る?」


「え? 連れてってって言われても」


「――ボクが、連れて行こうか」


 芝山がニコリと気持ち悪い笑いを浮かべて俺の隣からスッと手を出す。須川はすかさずその手をバチンと払いのけ、


「キショい。悪いけど、あんたに頼んでないし」


 と芝山を威嚇した。

 須川は改めて俺の方を向いてモジモジしながら、


「来澄君なら、優しく教えてくれるんじゃないかなぁって思って。その……行き方とか、魔法? の使い方、とか」


 あれ。なんだこれ。

 俺に平手浴びせたクセに、なんだこの。

 女という生き物は本当に何を考えているんだか理解不能すぎる。


「そんなの、美桜に聞けばいいじゃないか。女同士だし。でなきゃ、陣は? アイツはアイツで人に教えるの得意そうだから、丁寧に教えてくれると思うぜ」


 言うと須川は不機嫌そうにムッと口を曲げた。


「来澄君は言葉を素直に受け取ってくれないよね。そこは直した方がいいと思うよ。本当は凄く親切でいい人なのに、取っつきにくそうで誤解されるでしょ。私も人のこと言えないけど」


 俺に輪をかけて人を寄せ付けないクセに、須川にそんなことを注意される俺って。


「悪かったな。人相悪くて」


「そこまで言ってないから。……芳野さんは話しづらいし、陣君はチャラチャラしててあんまり好きじゃない。私は来澄君がいいなと思ったからお願いしてるの。それに、あの中だと一番力が強そうな気がしたから」


「そりゃ買い被りすぎだよ。一番凄いのは美桜。アイツは別格。次は陣。その次ぐらいが俺か芝山ってとこかな。俺なんてまだまだ駆け出しなんだから」


 卑下するつもりじゃなくて客観的に言ったまでだったが、須川はどうも腑に落ちない様子。そうかなぁと首を何度も傾げている。


「須川さん。人にものを教えるのは得意なんだよ、ボク」


 芝山は懲りずにアピールを続けるが、須川は完全に無視していた。


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