結果オーライ3

「正確に言うと“干渉者”かな」


 窓際に寄りかかって陣が答える。


「二つの世界に干渉できる能力を持つ人間のことを、レグルノーラではそう呼ぶ。感情一つで力を操って、それぞれの世界にいろんな影響を与えるんだ。君もその一人。負の感情が上回って魔物を発生させてしまったけど、それ以上の力も眠っているはず。夢の中でいつも同じような世界に迷い込んだりしていないかな。君は無意識のうちに二つの世界を行き来していた可能性があるんだ」


「つまり、私にもあの魔法みたいなものが使えるかもしれないってこと? 化け物出したときみたいに」


「そういうこと」


 須川は合点がいかないのか、何度も首を傾げた。

 当然だ。昨日の今日でこんなこと、素直に受け入れられるはず、ないんだから。


「しかもその能力は限定的だ。君は恐らく美桜の二次干渉者。一次干渉者特有のオーラが感じられないからね。美桜が側に居るか、もしくはその影響の色濃く残るあの教室か、どちらかでしか力を発揮できない。確か君、1年の時も美桜と同じクラスだったよね」


「そうだったかしら」と美桜。


「美桜はホント、他人に興味ないよね。そうだったの、覚えてないと思うけど。だから、きっと知らず知らずのうちに影響を受けていたんだ。今回はそれがマイナスの方に出ただけ」


 ふぅんと須川は納得したようなしないような曖昧な反応をした。

 それから俺の方をチラッと見て、


「来澄君は? 彼も芳野さんの影響を受けて?」


「いや、凌は自分の力で“向こう”に飛べる一次干渉者だから。美桜が才能を見いだしただけで、彼女の影響はなくても大丈夫なんだ」


「そうなんだ……」


 今度は肩を落とし、机に両肘を付いて頭を伏せる。


「来澄君の影響を受けたかったな……」


 須川の小さな声に、場が静まりかえった。


「来澄君ならよかったのに」


 そんなこと、言われても困る。

 第一、俺の力は美桜ほど強くない。それに、周囲にいろんな影響及ぼすほど美桜の力が強いのにも理由がある。それを説明したところで、どうにかなるわけでもないけれど。


「付き合ってるんでしょ」


 須川は顔を上げ、俺の方をキッと睨み付けた。


「そ、それは」


 即答できるわけない。

 俺たちの関係はそんなんじゃないってわかってもらうにはどうしたら。


「どうして何も言えないの。私に遠慮してるの」


 須川の機嫌が悪くなるのと同時に、また黒いもやが立ちこめてきた。

 や、ヤバイ。これじゃ二の舞……。

 困ったなと冷や汗を掻く俺に、後ろから衝撃が。美桜が恐ろしい顔をして俺の背中に肘をぶつけてきていた。

 何コレ。俺に何を言わせる気。


「付き合ってるなら付き合ってるって言えばいいじゃない。あんなに親密で、いつも一緒にいて、それでしらばっくれるってどういうことなの」


 前門の虎、後門の狼……。


「キスぐらいしてるんでしょ。それとも噂通りベッドインまで?」


 ふと、ベッドに横たわった美桜に無理やりキスされた画面がよぎった。


「ベ、ベッド? いや、ないない。断じてない」


 両手を挙げて無実を訴える。が、身体は正直で、顔が一気に熱くなった。


「ベッドの上でキスぐらいはしたわよ」


 後ろで美桜が追い打ちをかけた。


「あ――――ッ!!」


 余計なこと喋るな馬鹿!

 っていうか、アレはカウント外だろ。人工呼吸と一緒で。

 前を向き、後ろを向き、俺は二人の顔を交互に眺めては全身嫌な汗でびちょびちょになった。手のひらが、足の裏が濡れている。嫌だ、こんな汗。


「プッ」


 須川が噴き出した。

 すっくと椅子から立ち上がり、髪の毛をサッと掻き上げて、それから俺の真ん前に立った。

 驚いたことに、須川は満面の笑みだった。……目は笑っていなかったが。


「最低」


 次の瞬間、頬が痺れた。

 思いっきり平手で打たれて後ろによろめいた俺を、美桜はサッと避けた。お陰で床に尻餅をつく。

 え? なんで俺ぶたれたの?


「付き合ってるなら付き合ってるって言えばいいじゃない。何で言えないの。馬鹿なの」


 え? そこ?


「そう、馬鹿なのよ。凌は。だから止めといた方がいいと思うわ。彼に想いを寄せるなんて、愚かしいことだと思わない」


 美桜まで一緒になって、何を。


「物好きよね、芳野さん。こういう面倒な男が好きなんだ」


「あら、須川さんもそう思う? 私もね、思ってたとこ。どうして私、こんな面倒な男と付き合ってしまったのかしらって。認めるなら素直に認めればいいのに、ホント、頭悪いでしょ」


 え? え?

 俺には今何が起きているのか、全然理解できない。

 ちょっと待って。何で怒りの矛先が俺に向いてんの。須川さんは俺のことをぶんどった美桜のことが嫌いなんじゃなかったの。

 女はよくわからない……。

 腰をさすって起き上がる俺を、芝山と陣が憐れんだ目で見ていた。

 まさかこれで一件落着……? 腑には落ちないが、どうやら須川はこれ以上、黒い大蛇は生み出さないんじゃないかとそれだけは何となくわかった。

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