キス3

 色々、やり過ぎてしまった。

 “表”なのにたくさん“力”を使った。

 剣も出したし、鎖は出したし、それから教室中メチャクチャになるくらい動き回った。

 魔法陣なしに魔法を発動させた。他人の魔法に手を貸して、魔力を増幅させた。移動魔法、そして、飯田さんの前でシャツとスニーカーをすり替えた。


 これは……“現実”なのか。


 こんな風に“表”で“力”を使う日が来るなんて、思ってもみなかった。

 美桜に“レグルノーラ”の存在を知らされ、行き来するようになって数ヶ月。周囲で起きているいろんなことに押し流されて、どんどん自分の中の“常識”が覆っていく。

 そもそも、“常識”って何だ。

 科学で証明できることか。物理的に不可思議のない状態のことか。

 美桜が半分“向こう”の世界の人間で竜の血を引いてるって時点で、もう常識は十分に崩れている。彼女が俺のことを“見つけた”ことも、俺が“干渉者”の“能力”を持っていたことも、いわゆる“常識”で考えればあり得ないこと。

 並行して存在すると思われる二つの世界を行ったり来たりしているウチに、その“あり得ないこと”の方が“常識”になってきているような気がしないでもない。

 少し前なら鼻で笑っていた。“表”だの“裏”だの、そういうのは脳内で完結してくれと馬鹿にしていた。信じる信じないじゃなくて、“常識的”に考えて“あり得ない”、つまり信じる必要のない事象だと、相手にもしなかった。

 それが、俺の中で確実に“現実”にすり替わってしまった。



――『凌の力、案外底なしだから』



 その通りかもしれない。

 限界まで力を使い切ったはずなのに、次の瞬間にはもう、別の魔法が使える状態になっている。

 これが、“能力の解放”を果たした成果だというのか。身体への負担がなくなり、一気に使いこなせるようになってしまった?

 あまり歓迎される状態じゃない。これがかえって、いろんなトラブルを引き起こしてる原因になってやしないか。

 ともかく、だ。

 美桜の力の影響を受けて、須川の他にも同じように悪魔の力を得てしまった人間がいるのは確実だ。

 毎度毎度こんな大騒ぎされるんじゃ身体がもたないし、どうにかして事態を収拾させる方向に動かなきゃならない。そのためにも、俺はもっと強くならなきゃいけないし、頭を回転させ続けなきゃならない。

 美桜のマンションから続く下り坂を歩きながら、俺はブツブツと独りごちた。

 考えることが多すぎて、相当酷い顔をしていたらしく、通り過ぎる小学生が怯えて避けてったり、住宅街の庭先で気品のあるマダムたちがヒソヒソとこっちを向いて何か喋っていたりした。

 長く、長く伸びていく影を見ながら、今後の身の振り方を考えた。

 蝉が低い位置で鳴き続けるのが延々と耳の奥に響いていた。

 何もない肩に手をやって、ギュッと紐を握る仕草をする。次の瞬間、背中にはズッシリと重さを感じて、教室に置きっぱなしだったリュックを無意識に引き寄せたことを知った。

 もう、“常識”もへったくれもない。

 まさか、瞬きしたら自宅の玄関でしたなんて状態になるのも時間の問題か。

 そう思うと、何だか薄ら寒いような気がした。

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