ユニオン4

 ――ブハッと、俺は茶を吹き出しそうになって慌てて口を塞ぎ、代わりに酷くむせた。咳き込んで、シバに大丈夫かよと背中を叩かれ、大丈夫大丈夫と顔を真っ赤にしながらうなずき返す。

 ちょ、ちょっと待て。どういうこと。


「須川さんて、来澄狙いだったのか。意外だ」


 シバが面白そうに笑っている。

 止めろ。冗談じゃない。


「意外にモテるみたいよ、“来澄君”。一部ではクールだとか、孤独感が堪らないだとか、言われているようじゃない」


 美桜が続けて半笑いで言う。


「ハァ? 何だよ、それ」


 やっと喉が戻って来て、喋れるようになったが、まだ茶がどこかに引っかかってる。


「からかうのも大概にしろよ。そういうの、迷惑だと思わないのかよ」


「まぁまぁ。いいじゃないの。人が人を好きになるのに理由なんか要らない。凌、君も隅に置けないな。いたいけな少女の心をいつの間に鷲掴みにしていたんだ。誰かに好かれるということは素晴らしいこと。むしろ誇るべきだ。その……須川怜依奈って子がどんな子かわからないけれどね」


 ジークまで……。

 何も言わずにいてくれるのはテラだけか。と思ったら、ローテーブルに両肘を付いて、ニヤニヤと俺の顔を覗き込んでくる。なんだ、なんだこれは。


「と……、とにかく、俺は須川とは何の接点もなかったんだから。突然そういう話になったとしても、全く何の感情も抱けない。そういうもんだろ。まさか芝山、須川をそのユニオンってのに引き入れようとしてるんじゃないだろうな」


「そのまさかだよ」


 菓子を頬張りながら金髪を掻き上げ、何かおかしいことでも言ったかなと頭を傾げるテラに、俺は例えようのない怒りを感じ始めていた。


「まさかって……! なんて説明するつもりだよ」


「説明も何も、端的に話せばいいのじゃないか。『“裏の世界”のこと、知ってるだろ』と。彼女ならこう答える。『知ってる』と。そうしたら、後は仲間に引き入れて同好会を作り、適当に顧問を設定して生徒会に申請すればいい。申請作業は私がやるし、部室さえ手に入れれば、後は放課後だろうが休み時間だろうが、そこで好きに話もできる。今までより自由度は増すし、効率的に情報も交換できる。悪い話じゃないと思うが」


 なんて優等生的な発想なんだ。

 言いたいことはものすごくよく分かる。だけど、だからといって須川怜依奈を仲間に入れようってのは発想が突飛すぎやしないか。


「あのとき俺に見えたのは、黒いものだった。須川があまりよろしくない感情を持って“レグルノーラ”に“干渉”しているのだとしたら、彼女はその提案、受け入れ難いんじゃないのか」


「黒? 凌には色が見えるのかい?」


 とジーク。


「ああ。今のところ、見ようと思って見るか、ふと見えるか、どっちかなんだけど、干渉者の気配というか、オーラというか、そういうのが見えるときがある。暗めの色は何か良くない感情を持っている人……ではないかと。つまり、須川がいわゆる“悪魔”の一端だったとしたら、その計画は水の泡になってしまうかもしれないだろ」


「そんな後ろ向きなことばかり言ってても、何も始まらないだろ。それとも、来澄は須川が入ると都合が悪いのか」


「いや、そうじゃなくて」


 しつこいぞ、芝山。


「僕はその作戦、意味があると思うよ」


 ジークは賛成の意味を込めてか、シバに向けて一回、ウインクをして見せた。


「“干渉者”として行うべきは“悪魔”の排除。原因となる人間が“あちら側”にいるのだとしたら、その原因を一つずつ潰していくのが理想だ。その、怜依奈って子の黒色の原因が、もし美桜の言うとおり君と美桜に対する嫉妬心なら、仲間に引き入れることで少しは解決方向に向かうんじゃないかな。それとも君は、怜依奈に対して特別な感情でも?」


「いや、だからそれはないって」


「なら、問題なんかないじゃないか。怜依奈が君のことを気にかけてるなら、凌、君が直接頼みに行くってのは?」


「え……? ちょ……、なんだよそれ」


 思わず俺は立ち上がって、ジークを見下ろした。

 いくらなんだって、からかいやすいからって、適当にそんなこと。


「……なんて、冗談だよ、冗談。こういうのは話がうまくないと難しいだろうから。僕と芝山君、二人で行うってのは? イケメンに迫られて悪い気がする女子は居ないでしょ」


 ニッとジークは口角を上げて見せた。

 イケメン……? シバはともかく、芝山哲弥は決してイケメンとは言えないキノコ頭のチビなんだが、大丈夫だろうか。

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