60.ユニオン
ユニオン1
魔法陣を出すまでもなく、不意にテラの気配を感じた。レグルノーラのどこかで呼ばれるのを待っていましたとばかりに鋭い反応を見せるテラに、俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。
腰掛けたソファの真後ろに実際テラが現れるまで、さほど時間はかからなかった。ソファの裏側から手を伸ばし、俺の両肩に手を触れると、テラはどこか嬉しそうに、
「呼んだか」
と言った。
時と場合というのを感じ取ったのか、きちんと人間の姿をしているようだ。
俺は振り向いて、その悪人面に、
「呼んだ」
と答える。
「よぅ」
とシバは右手を挙げてテラに挨拶し、
「なんだ、帆船の
とテラは苦笑した。
向き直って美桜の方を見ると、彼女は目を丸くして静止している。顔つきは全く違うが、“臭い”とやらでテラの正体を見破ってしまったのだろうか。だとしたら、俺が過去の世界で出会っていたことも芋蔓式に思い出してしまうかもしれない。そう思うと、静まりかけていた心臓がまたバクバクと激しく鳴り始めた。
ジークはと言うと、驚いたような顔をして、それから眉をひそめ、何かを考えていたようだ。唇をペロッと舐めて、それから顔を渋らせて右手を小さく前に出してごめんなさいと手話で語ってくる。どうやらジークの方は気が付いたらしい。これがあまりよろしくない状況であるってことに。
「竜……、なの? 本当に? あまりそういう“臭い”はしないけど。でも、なんだろう、懐かしい“臭い”がする」
それみたことか。
美桜はやはり“臭い”に反応していた。姿を変えていたとしても、個体の放つ“臭い”はそうそう変わらないだろう。てことはつまり、いずれ全てがバレてしまうってことで。
「まさか……美桜か」
オロオロと目を泳がせている俺に、後方からの不意打ち。
テラの言葉は更なる衝撃だった。振り向いて喋るなと口を塞ごうとしたが、間に合わない。
「美幸の若い頃にそっくりだ。美しく成長したな」
あ……嗚呼。もう、ダメだ。そんなこと言っちゃ。
頭を抱えてソファに縮こまる。
「どうして母の名を? あなた、誰」
美桜が首を傾げている。
お終いだ……。どうやってフォローしたらいいのか全然わからない。
『何がお終いだ』
テラの声が頭に響く。
だって、このままじゃ、せっかく必死に隠してきたことも全部喋らなくちゃならなくなる。それだけは避けたい。
『隠す必要があるのか? 私にはその必要性が感じられない』
そうは言うけど。じゃ、どこをどう隠せばいいんだ。
テラが美幸の竜だったって、そんなこと言えるわけないじゃないか。
『何を危惧しているのかわからないが』
そこまで言うと、テラはゆっくりとソファの裏側から美桜の隣へと進み、美桜の手を取ってひざまずいた。
「お久しぶり、美桜。私のことを覚えていてくれただろうか。あなたの母、芳野美幸の竜“深紅”と言えば、思い出してもらえる?」
銀髪のピアス男とは思えない紳士的な動きに、目を疑った。腕の刺青も厳つい服装もそのままなのに、何故か“深紅”だった頃の、優男の姿が浮かんでくるようだ。
「しん……く? 本当に?」
美桜は立ち上がり、テラの赤い瞳をじっと見つめている。
「あの時はまだ、小さな子供。私のことなど、忘れてしまったかな」
美桜を見上げるテラの目は優しかった。
だからだろうか、美桜はとうとう、思い出したらしい。差し出された手を辿り、ギュッとテラにしがみついた。
「覚えてる。覚えてるわ。本当に? 本当にシンなのね? ああ、でもこの“臭い”。間違いない。懐かしい“臭い”。そうか。そうだったのね。あなた、凌の竜になったのね。だから凌から懐かしい“臭い”がしたんだわ」
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