焦り4

「何か、変なことしてるでしょう」


 授業が終わるなり、美桜は椅子を後ろに向けて座った。

 白いマスクの上で青みがかった瞳が意地悪そうに睨んでいる。


「べ、別に。やましいことは」


「嘘ね。何を探っていたの。臭いといいさっきの授業中といい、あなた絶対何か私に重大な隠し事をしているわね」


「してないって」


 美桜が交際宣言をしてからひと月以上経つが、休んでいる間に噂も落ち着いたのか、教室で二人喋っていても、コレと言って変な反応をされることも少なくなっていた。

 お互いあまり人付き合いが上手い方ではないので、同性の友人も少なく……というか、ゼロに近く、授業の合間の休み時間にも便所以外殆ど行き先もない。喋っている内容は殆ど“向こう”の、レグルノーラの話ばかりだが、それが端から見てどう捉えられているかなど、あまり気にしなくなってきていた。

 美桜に詰め寄られ困った顔をしていると、遠くで芝山が眼鏡の端をクイクイさせてこちらを見ている。どうやら言いたいことがあるらしい。


「あー……ちょっと、ゴメン。また後で」


 適当に誤魔化し、芝山の目線の合図に従って教室の外へ。昨日の今日で変な噂を立てられても困るぞとこちらも目で合図を送って、渋々付いていく。

 廊下の隅、あまり人気の無い一角で、芝山はキョロキョロと周囲を覗った。


「あのさ。昨日言ってた二次……の話、やってみたか」


「ああ」


 全く成果は出ていないけど。とりあえずうなずく。


「一人、わかった。女子」


「マジか」


「ああ、多分だけどな。次の授業、現国。飛べよ?」


「飛ぶけど。誰だよ、その女子って」


「ま、いいから。美桜の力に乗っかって飛ぶ時に、チラッと周囲を見渡してみろ。やはりあの方法で間違ってはいなかった」


「――どの方法が、間違っていなかったの?」


 背中に電気が走った。

 み、美桜だ。

 せっかくのコソコソ話を、全部聞かれてしまった。


「芝山君……、あなた、来澄君のこと敵対視してたんじゃなかったの。私と彼が付き合っていることを、あんなに否定して。なのに、どうしてかしら。今朝、妙な噂を耳にしたのよね。昨日、あなたたち二人が抱き合っていたとか……? 私が寝込んでいた間、彼をたぶらかしていたってこと? そういう趣味だったってわけ?」


 血の気が……引いた。ものすごい勢いで引いた。

 恐る恐る芝山の顔を見ると、頭のてっぺんまで真っ赤になって、否定すればいいのに何も答えられずにうろたえている。

 そういや、芝山は美桜のことがかなり好きらしかった。ただ、彼女の本質までは知らないわけで、言葉を詰まらしているのかもしれない。


「……の、話を。来澄とは、そういう関係だ」


 ボソリ、芝山が言う。


「え? 何? 聞こえないわ」


 美桜は腕組みをして、マスク越しに芝山を睨み付けている。

 芝山はキノコ頭を揺らして、下唇をギュッと噛み、俺の方に何らかの合図を送った。それがどういう意味か、俺は彼の口からその言葉が出るまでさっぱりわからなかった。


「“レグルノーラ”の話をしてたんだ。“干渉者”の話を。ボクもその一人だから」

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