【14】美桜の居ない日

50.突然の申し出

突然の申し出1

 冷たい床の感触。背中に降りてくる涼しい風。

 自室にうずくまっていた。

 身体を起こし、壁の時計を見やる。あれからどれだけ経った? いや待って。そもそも、気を失ったのは、何時何分頃だったのか。

 学校に行って、美桜のマンションに行って、それから帰って階段上がると兄貴が居て。部屋に入りエアコン付けて振り向いたらディアナが居て。

 夕暮れだった。

 今は、完全に日が落ちている。


「間一髪だったな」


 低い女の声に、俺はドキリとして周囲を見まわした。

 ディアナだ。ベッドの上にどっしりと腰を下ろし、手足を組んでじっとこちらを観察している。いつもの裾の長いドレスじゃなくて、砂漠に連れて行かれたときのショートパンツ姿。流石にサンダルは履いていなかったけれど、そのときの格好のままだったところをみると、それほど時間は経過していないのかもしれない。


「安心するがいい。こちらの時間で1時間程しか経過していない。さっき、母親が帰宅した。夕食の支度ももうすぐ終わる。お前の姿になって、適当に対応しておいた。呼ばれたら何ごともなかったかのように、久々の家での食事を楽しむがいい」


 1時間――。あの濃密な長い経験が、たったの1時間。

 あまりの短さに衝撃を受ける。

 砂漠に飛ばされ、サンドワームや岩蠍と戦い、テラと契約を結び、力尽きたのを帆船に助けられた。そこでおさの姿をした芝山と戦い、和解し、砂漠を抜けようとしたところで今度は時空嵐に呑み込まれた。目を覚ましたら過去にいて、幼い美桜とその母親と出会い、彼女らが“かの竜”と呼ばれる正体不明の竜によって運命を翻弄されていることを知った。過去のディアナと出会って、まだ小さかったジークと出会って、それから五人衆と戦って……。これが全部、こっちの時間で言う1時間の出来事だったなんて、誰が信じられよう。

 立ち上がり、身体の歪みを直そうとあちこち揉みほぐしながら、俺はレグルノーラでの経験を辿った。夢だったのかと思ってしまうくらい、いろんなことがあり過ぎて、頭がパンクしそうになる。


「頭痛は消えたな」


 ディアナの問いに、こくりとうなずく。


「吐き気もない」


 また、うなずく。


「身体が慣れたのだ。恐らくこの世界でも、それなりに力が発揮できるはず」


 そうだった。元々、“解放”された“力”を短期間で上手くコントロールできるようにするため、ディアナは俺を砂漠に飛ばしたのだ。


「あれから、どうなったんだ」


「あれから?」


「“かの竜”の魔法陣にはなんて書いてあった? 美幸は? 美桜はあの後どうやって過ごしたんだ?」


 否が応にも思い出される、最後の場面。

 また、肝心の所で気を失った。いや、無理やりこの世界に戻されたのだ。それが誰によってなのかは、ハッキリとわからなかったが。


「美幸は、命を掛けて娘を守ったのさ」


 ディアナはそう言って、ベッドの上で足を組み直した。


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