突然の申し出2

「“レグルノーラを跡形もなく消滅させる”その一文を、書き換えた。“禁忌の子についての一切の記憶をレグルノーラに住む全ての人間の記憶から跡形もなく消滅させる”……ってね。魔法は森を消し、多くのゲートを出現させた。だが、書き換えたことによって、世界の消滅だけは避けられた。かの竜は怒り狂い、姿を戻して美幸の身を裂いた。私が駆けつけたときにはもう、どうにもできない状態になっていた。幸い、私は魔法の影響を受けなかった。反魔法の衣を身につけていたからかもしれない。竜は美幸に書き換えられた魔法を止めることもできず、発動させてしまったことに更に憤慨した。人間の姿しか見てないお前には理解できないだろうがね、かの竜はレグルノーラの中で一番巨大で、偉大な竜だった。何がかの竜を駆り立てたのか、聡明な竜が何故世界を滅ぼそうというところまで追い詰められていたのか、未だ分からないが……、竜は怒りにまかせ、街を破壊し、人間を踏みつぶした。悲惨な話だよ。五人衆の反乱なんて、可愛いもんさ。ようやく竜が怒りを静めて砂漠の彼方へ消えるまで数日。生きた心地さえしなかった」


 そこまで一気に喋って、ディアナはフゥと息を吐いた。


「レグルノーラで命を絶った美幸は、“こっち”でも眠るように息を引き取った。二つの命は繋がっているからね。幼い美桜は、伯父に引き取られたようだ。そこで、幸せになれたら良かったんだろうけど、そう上手くはいかない。あの子は伯父から逃れるように、頻繁にレグルノーラを訪れた。あるじを失った深紅は卵に戻ってしまっていたし、美桜の保護者になってくれそうな大人もいなくてね。私の娘サーシャと、まだヒヨッコだったジークが代わる代わるあの小屋で面倒をみていたのさ。……小さかった美桜が、どこまで詳しく記憶しているのか聞いたことはないけど、このことは、あまり話題にしない方がいいだろうね。思い出したくもないだろうし」


「……そう、だな」


 美桜が造作もなく二つの世界を行き来できた理由、彼女がレグルノーラを守ろうとする理由は、これで理解できた。

 彼女を追い詰める現実は、俺が思っていたのよりもずっと重くて、辛い。

 それを誰にも相談できずにいた彼女にとって、俺はある意味“救い”であったのだろうか。

 ご飯ができたよと、階下で声がして、俺はわかったと返事した。


「時間だな」


 ディアナは言って、ベッドからゆっくり降りた。


「ありがとう、ディアナ。ヘタレな俺のために、奔走してくれて。砂漠に連れてったのも、時空嵐に呑まれて過去へ辿り着くことを見越したからだろう。口で説明するより、経験した方が早い。だから、無理やり俺を砂漠に飛ばしたんだよな」


 だがディアナはフフッと小さく笑って、「まさか」と言う。


「お前は、過去の私の前に忽然と現れた、異界の英雄だったよ。頼りないが、命がけで戦っていたあの姿が印象的だった。お前と再会したとき、私は悟った。まだ力を使えていないだけ、使い方がわからないだけだってね。どうにかしてあの日見た凌に会いたかった。久しぶりに、会えて良かった。1時間前と顔が違ってる。お前はもう、一人前の“干渉者”だ。待っているぞ。レグルノーラで」


「ああ」


「ホラ行け。飯だ。久しぶりの母ちゃんの手作り料理。今日はハンバーグだって」


 ポンと力強く、肩を叩かれた。


「ありがとう、本当に、ありが……」


 頭を下げようとする俺の背中を、今度は無理やり押してきた。

 よろけてドアにぶつかって、そのまま廊下に放り出される。

 何するんだよと振り返ったとき、もうディアナの姿はそこにはなかった。ベッドにできたシワだけが、幻ではなかったことを示していた。





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