炎3

 マズい。時間がない。

 早く。

 早くしろ、俺。

 早くしないと、みんなが。

 一人焦って斧を振り回している間、背後では五人衆が改めて美幸を中心に置き、円陣を組んでいるのが見えた。

 そっちも……、そっちもかよ。

 ギリリと奥歯を鳴らすが、身体は一つ。どちらを、どちらを優先する。



「かの竜の居所を教えて貰おう」



 サイモンが言っているのが聞こえる。

 俺はそれを横目に、蔓の切れ目から穴を広げた。火の付いた蔓を掴むに、グローブは丁度いい。

 籠の中へ飛び込む。灼熱地獄だ。

 大きく息を吸い込めば、気管がやられてしまう。唇を噛みしめ、それぞれの位置を確認する。



「かの竜はどんな姿で迫り、どこへ飛び去ったのか。かの竜は何のためにお前と関係を持ったのか」



 斧を振り上げ、蔓を根元からたたっ切った。黒竜の分、それからテラの分、そして美桜の――。高い位置にある蔓は、斧では切れにくい。が、切るしかない。

 思いっきり高く斧を振り上げ、落とす。まずは右。蔓がブチッと切れると、美桜の身体が大きく傾く。それから左。ドサッとまだ火の付いていない草地に落ちる美桜。

 よし、これで。



「知らないとは言わせない。――ラース、やれ」



 入り口側にいた黒竜の子を、籠の中から引っ張り出す。美桜を運び出すにはまずコイツをどうにかしないと、入り口が塞がって進めそうにない。子供とはいえ、自分より大きな竜を引きずるには体力が要る。五人衆との戦いで、無駄に体力を浪費したことを悔いた。力がなくても、あるんだとイメージすればこの身体は動くのか。レスラー並みの体力で軽々と竜を運べるんだと思い込めば持てるのか。



「……術に嵌まったようだぞ、サイモン」


「よし。では再度聞く。かの竜はどんな姿をして、どこへ消えたか。何のために子を孕ませた」



 引きずっても引きずっても、黒竜の身体はなかなか籠の中から引きずり出せなかった。

 雨で濡れていて、滑って持ちにくいのも原因の一つかもしれなかった。

 火が迫る。

 時間が、時間がない。



「彼は、黒い服に身を包んでいました。切れ長の目が印象的でした」



 炎の中の美桜と、五人衆に囲まれた美幸を交互に見る。

 これは、俺が招いたことなのか。それとも、決まっていた出来事なのか。

『とにかく、悲しいことが起こったのだ』と、テラは言った。悲しい、どころじゃない。そんな簡単な言葉で言い表せるようなことじゃない。



「彼は、私と関係を持つことは運命だと言いました。何も怖がることはない、二つの世界は繋がり、この曖昧な世界にいよいよ決着が付くのだと。関係を持った後、彼は白亜の竜に姿を変え、砂漠へ向かって飛んでいきました。砂漠の果て、世界の狭間で、すべてを見守るのだと言っていました」


「砂漠の果て、とは、森の向こうに広がる、この世界を囲う砂漠のことか」


「はい。それが、白亜の竜の住処なのだとも言いました」



 黒竜の体の下に自分の身体を潜らせて、担いだ。重いが、引きずるより少しだけ、楽だ。

 歩いて、歩いて、何とか全身を引きずり出し、息を吐く。次は、美桜。テラには悪いが、小さい方が先だ。

 再度雨に濡れ、大きく息を吸い込み、燃えさかる籠へ戻っていく。防具の隙間、布地の服は焼け焦げ、ボロボロだ。鉄の鎧自体も、変な熱を帯びて、重いし、熱い。

 だけれど、そんなことを言ってる場合じゃなくて。

 俺のことなんかより、美桜を。美桜を助けないと。



「砂漠の果て……か。まさか、禁断の地に身を潜めているとは」


「決着が付くということは、つまりこの世界を滅ぼそうと」


「だろうな。我々の手の及ばぬところで、なんと恐ろしいことを」



 幼い美桜を抱き上げる。煤で汚れた顔をそっと拭い、胸に耳を当てる。大丈夫、鼓動はある。息もある。

 俺自身、ズタボロだった。立ち上がるだけがやっと。

 でも、弱音なんか吐いていられない。助けないと。ここで、俺が助けないと。誰が。

 ゴオッと、大きく炎が揺れた。焼け焦げた蔓が、どんどん下に落ちてくる。

 逃げなきゃと、歩を進める。一歩一歩が、重い。足に、腰に、腕に、重しがかかって、思うように動けない。限界が、限界が近づいている。

 足元に落ちてくる蔓を避けながら進む。もう少し、もう少しで籠から抜け出せる。そう思ったところで、蔓で形成された大きな籠が、その形を失い始めた。見上げると、天井から、接合部の一番重いところが支えきれずに落ちてきて――。

 もうダメだ。目を瞑ったのと同時に、何かが覆い被さってきた。


『大丈夫だ。行け、凌』


 テラだ。

 目を覚ましたテラが、落ちてくる蔓たちを背中で受け止めていた。

 竜の表情など読めない。ただ、あちこち焼けただれた皮膚が、痛々しいのだけはよく分かる。

 俺は無言でうなずき、出口へ急いだ。

 あと少し、あと少しで。


「――何を、しているのかな」


 目の前を、ロッドとラースが塞ぐ。


「助けられては困るんだよ。禁忌の子が育てば、確実に世界が滅ぶ」


 蔑むように二人並んで、こちらを見ている。


「それは違う。何度も言ってるが、美桜は世界を救おうとするのであって、滅ぼそうとはしない。何が怖いんだよ。何に怯えてるんだよ。なぁ……!」


 ドンと、魔法ではじき飛ばされた。美桜と二人、籠の中に転がる。

 とりつく、島もない。

 美桜を抱え、再度外へ出ようと試みるも、まだやるかと二人はニヤニヤして魔法陣を構えてくる。


『限界だ、凌。早く』


 テラの声が頭に響く。

 わかってる。わかってるけど。

 話の一切通じないヤツに話をするなんて、無理だ。

 どうすれば突破できる。どうすれば。



 ――落雷が鳴り響いた。



 激しい稲光が直ぐそばに落ち、あまりの眩さに目をくらませた。

 ウワッと声を上げ、尻餅をつく。腕の中の小さな美桜をギュッと抱きしめる。


「とんでもないことをやらかしてくれたじゃないの」


 低い女の声。……ディアナ。

 目を開ける。声の方に顔を向けると、赤い服に赤い三角帽子、赤いマントを羽織ったディアナが、竜の背に乗って降りてくるところだった。


「あんたらのやり方は、とてもまともじゃない。私のやり方があんまりに優しかったから、嫌気が差したのかぃ。人間として超えてはいけない一線てのがあるはずだ。それすら、忘れてしまったようだね、五人衆の皆々様は」


 言いながらディアナが竜の背から降りると、空気が一変した。

 長い木の杖を持ち、その先っぽを五人衆の方へ向けたディアナは、怒りに打ち震えているように見えた。

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