炎2

 ちっくしょう、鎧が重い。上手く走れない。兜も途中で投げ捨て、必死に駆ける。

 サイモンを中心にして、彼らは籠を取り囲んでいた。蔓の一部が鋭利な刃物で切り取られたように開いている。美幸が、籠の外に。小さな美桜は、籠の中で蔓に縛り付けられ、身動きを取れなくされている。気を失っているのか、項垂れ、声もない。テラと黒竜の子も、やはり籠の中で蔓を絡められ、自由を奪われている。


「何を、する気だぁッ……!」


 真ん前まで突っ込もうとするも、立ちふさがるバド。刀傷からは血がだくだくと流れていたが、バドはものともせず、上半身服をはぎ取って、隆々とした筋骨をあらわにした。


「邪魔するな。これから、禁忌の子を焼くのだ」


 な……、何を言ってるんだ。

 美桜を、焼く?

 生きて……、生きているのに?


「やめ……っ、止めろ! 子供だぞ? 四歳の小さな子供の何に怯えてるんだ。いい加減にしろ」


 バドに体当たりしたが、更に強い力で押し返され、転がされる。それでも立ち上がり、俺は何度も何度も突っ込んだ。

 何を考えてるんだ、コイツら。

 何を守ろうとしているんだ。

 目の前の小さな非力な女の子を、何故焼き殺そうだなんて思うんだ。


「美桜ぉぉぉぉ――!! 目を覚ませ! 覚ませよ! お前が、この世界を救うんだろ?」


 だらんと下がった小さな頭は、ピクリとも動かない。


「テラ! テラ、起きろ! 何気絶してんだ馬鹿!」


 金色の竜も、身動き一つしない。

 美幸は? 美幸は何をしてるんだ。

 術に嵌まったのか、目を見開き、口を半開きにしたまま、地面に膝を付いて遠くを見ている。

 何だよ。何だよ、コレ。


「声をかけても無駄だ。強力な魔法をかけたのだから」


 タイラーが冷たく言い放つ。


「全ての元凶はこの女。かの竜と出会わなければ、こんなことにはならなかったのだ」


 止めなきゃ。

 どうにかして止めなきゃ。

 物理攻撃はもう無理だ。体力が持たない。

 魔法、なら。魔法なら何とかなるか。

 こんなとき、どんな魔法を打てばいい? 誰か。誰か教えてくれ。

 はじき飛ばしたらいいのか、それとも爆発させればいいのか。

 そんなことをしたら、美幸が巻き込まれる。じゃ、どうすれば。

 考えを必死に巡らせても、答えなんて出ない。


 何が“干渉者”だ。

 何が“能力の解放”だ。


 俺自身が自分の考えをしっかり持たなきゃ、何にも変わらないんだって、思い知らされただけじゃないか。

 バドに何度も転がされながら、俺は自分が涙を流しているのに気付いた。無力感、絶望感で、ガタガタと歯が震えた。

 蔓が、赤い光を帯び始める。五人衆のかけた魔法が発動する。

 チリチリとあちこちから火が付き、緑の籠が、徐々に赤い炎で染まっていく。

 消さなきゃ。早く、早く火を消さなきゃ。

 無駄かもしれないとわかっていながら、俺はバドに向かうのを止めて火の付いた籠に向かい、魔法陣を描いた。水色に輝く二重円の間に日本語で文字を書き込んでいく。


――“大量の雨を降らせ、火を消せ!”


 水だ。水があれば。大量の雲で覆われた世界なんだ。その雲を集めて雨を降らせれば、火だって消えるかもしれない。そんな切なる願いを込めて。

 文字が全て埋まると、魔法陣から水色の大きな光が上空へ向かって飛び出していった。光は空で弾け、その場に黒い雨雲を作り出す。ボタボタと雨粒が落ち、身体が濡れていく。

 これで、これで炎は。

 徐々に勢いを増し、スコールのように降り注ぐ雨。

 しかし五人衆は姿勢を崩さず、ただ燃えていく籠の方ばかりを見つめている。

 消え……ない。消えてない。それどころか、炎は徐々に勢いを増していく。


「なんで……、なんで消えないんだよ」


 愕然とし、膝を地に付いた俺に、サイモンが言う。


「発想は良い。が、我々の魔法はそれを上回るのだ」


 こうなったら……、こうなったら自力で籠の中からあいつらを引っ張り出すしかない。都合良く、全身ずぶ濡れだ。炎の中に飛び込んでも、多少は持つはず。

 大きく息を吸い込んで、籠の中へ向かう。

 愚かだと五人衆が嘲笑するのを横目に、俺はただ、みんなを救いたくて。

 人ひとり分通るのがやっとの隙間、火が当たり、ひりっとするが、どうでもいい。外から手を伸ばし、まずは黒い竜の子を。しかし、籠の隙間はとても狭くて、竜の身体は通れそうにない。ここを、まず切らないと。

 さっきの斧だ。斧でたたっ切ればどうにかなるかもしれない。

 放り投げた斧を手の中にイメージする。そうすれば武器が戻ってくるって、誰が言ったんだっけ。美桜か。テラだったか。

 重みを思い出すと、ふと手の中に持ち手の感触。できた。やればできる。

 今度はその斧に、水系の魔法をかけてやれば。

 思いっきり高く掲げた斧に、振りながら魔法を宿し、蔓へ打ち当てる。ザグッと、蔓が切れていく感触。これを続ければ。

 炎がだんだん強くなっていくのが見える。籠の中で美桜と竜たちを縛り付けている蔓にも、火がつき始めた。

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