五人衆3
一瞬、タイラーの太い眉が動いた気がした。その程度でもいい。何とかしてここに居る時間を少しでも、引き延ばさなきゃ。
「こんなことをしたって、未来は変えられない。美桜は……、禁忌の子は生き続けるんだ。魔物だって悪魔だって、レグルノーラからは居なくならない。それどころか、事態はもっと悪い方向に進んでいく。それは、あんたたち五人衆とやらの力が及ばなかった結果じゃないのか。今、こんな無力な状態の彼女らを捕らえることに、何の意味があるって言うんだ」
声が妙に上ずった。変な興奮で握りしめた拳の中が汗で湿った。
思いとどまれ、反論しろ。
俺は必死に祈った。
このあと何かが起こる。想像付くだけに、どうにかしてそれを止めたかった。
「無力であることと、罪のないことは、同等ではない」
タイラーは低い声で言った。
「かの竜が何故、異界の少女に心奪われたのか、我々に知る由はない。子供を孕ませたのも、竜の意思かもしれない。しかし、世界の狭間に生きる竜と、人間との子など――まして、異界の人間との間にできた子など、我々は許すわけにはいかない。禁忌の子は災いを生む。絶対に存在してはならない。ただでさえ不安定なこの世界は、更に歪んでいく。感情などと言う曖昧なもので繋がれた二つの世界を、これ以上近づけるわけにはいかないのだ」
わかるかねと、タイラーは首を傾げた。
「だけど美桜は、この世界を脅かす存在になんかならない。必至に世界を救おうと、頑張ってる。現に未来では――」
「未来などという不確定なものを、信じろというのか」
言ったのはバド。草を踏み、目を見開いて俺を見下す。
「レグルノーラの人間では、ないな」
と、サイモン。
無言だった残りの二人も、視線をこっちに向けてにじり寄ってくる。
「どうやら、ディアナの送り込んだ番狂わせは、彼だったようだ。なぁ、ロッド」
「私の予言も、ときには役に立つだろう、ラース」
ニヤリと笑みをかわしながら、楽しそうに。
背筋が凍った。
喉が、カラカラに乾いていく。
「だ……、だったとしたら? 俺がレグルノーラの人間じゃなくて、“向こう”から来た干渉者で、しかも今から十三年ばかし未来から来ているんだとしたら、どうなんだよ。しょ……処遇が変わってくるのか。悪いけど、“能力の解放”とやらは済んでるから、多分それなりに強い、と思うよ」
ハッタリだった。
勝てる見込みなんかない。
でも、テラは気絶してしまってるし、美幸も美桜も籠の中。
動けるのは俺一人だってのに、最悪な啖呵の切り方をしてしまった。それでも――、やるしか、ない。
腰を浮かせて足を踏みしめる。
一番近くにいる敵はバド。この短い間合いに適しているのは刃物。右の拳を左の脇の下に隠し、柄の感触をイメージする。細く長い、鋭い刃先を。
相手は俺の目線に集中している。わざと目線をずらす。蔓で編み込まれた籠の中へ。バドの目線も逸れる。その、隙に。
刀を抜いた。日本刀だ。シャッと空気を切る音。はらりとマントの合わせ部分が切れ、白マントの下からやはり白いジャケットが現れる。慌てるバド。チッと舌打ち。脇に差していた片手剣を抜く、振り上げる。
まともに戦ったんじゃ、大人の力に勝てるわけがない。魔法を併せる。風を纏わせ、一太刀で無数の風の
頼むぞと、右腕をさする。“我は干渉者なり”――刻印に恥じぬ力を。
腕から柄へ、刃先へ、空っぽの魔法陣が移動していく。文字を、刻みながら。
――“纏った風で敵を切り裂け”
バドの剣が眼前に迫る。腰を落とし、くるりと回って避けながら一振り。空気の
が、まともに攻撃を受けたのは、近くに居て避けきれなかったバドだけ。あとの四人はスマートにかわして、攻撃の準備を始めている。
奥にいたラースとかいう男の魔法陣が、緑色に光った。かと思うと、手前にいたバドの身体がむっくりと大きく膨れあがった。筋肉を増強……、補助魔法か。
「少しは、やるようだが」
風にやられ、頬に傷を負ったバドは、左の手でグッと血を拭い取った。ペロッと舌なめずり。
「だが、そこまでだ」
ブンと大きく剣を振る。足場の悪い草地に足を取られそうになりながら、必死にかわす。攻撃の、一つ一つが重い。掠っただけでも致命傷になりそうだ。
「ちっくしょぉ!」
一か八か。バドの懐が空いてる、そこへ刀を、ブッ刺す。
刀を引き抜くとブシャッと血しぶきが飛び、俺のグレーの市民服が赤く染まる。が、そんなのどうだっていい。
うめくバドを横目に、次はタイラー。魔法陣を構え、俺の動きを追っている。
次は、次はどうする。
刀じゃ間合いが足らない。もっと長い――。
「異界の少年よ。何故に彼女を庇う」
タイラーは言いながら魔法陣に文字を走らせていく。
「理由なんて、必要なのか」
今度は長い柄をイメージする。その先に鋭い
来い、早く。早く俺の手の中に。
「大切な人を救うのに、理由なんて、必要なのか」
来た。
刀が槍に変わる。左手を添え、
両足で踏ん張って、攻撃に移ろうとした矢先。
タイラーの魔法陣が青く光る。氷の
「チッ……!」
無理だ。氷つぶてを落とすのが先。次から次に、際限なく飛び出す氷を、槍を振り回しながら撃ち落としていく。
手が、痛い。氷の粒が刺さって、あちこち血だらけだ。防具。グローブを。それから、身体にも防具ぐらいないと、持たない。どっかのRPGで見たような、簡易的な鎧でもいい。何かで身体を守るんだ。重すぎない程度の素材で、身体をそれなりに守ってくれるヤツ。
イメージを巡らせようと必死になっている俺に、更なる追い打ち。
周囲になぎ倒されていた木々が、手足を生やし、のっそりと起き上がっているのが見える――。ロッドって言ったか。番狂わせを予言したっていう彼の魔法。まさか、木に命を与えて……。
「さて、お次はどうする? 少年」
クククッと、さも楽しそうに、ロッドが笑う。
タイラーの魔法が切れ、肩で息をする俺の周囲に、ドシンドシンと大きな足音を鳴らしながら、木の化け物が歩いてくる。ゆっさゆっさと枝を揺らし、ケケケと奇妙な笑い声を上げるそいつらは、ボロボロの俺を崖っぷちまで追い込んだ。
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