五人衆2

 巨大な鳥籠を取り囲む白マントの男たちは、息も乱さず、ロッヂの上で立ち尽くす俺とジークを見上げている。


「最悪だ……」


 振り返ると、ジークは息を荒くし、玄関口にへたり込んで青い顔で震えだした。


「“五人衆”に目を付けられてるなんて、ディアナ様、一言も」


 怯えている。つまり、コイツは相手の正体を知ってる。


「“五人衆”って、市民部隊とは関係が?」


 振り返り屈み込んで、頭一つ小さいジークに目線を合わせ、声を低くして問い詰める。


「“五人衆”は、部隊の上層部で……。ディ、ディアナ様とは折りが合わなくて。元々、政治的な力を市民部隊は持っていなかったんだけど、強い力を持った干渉者たちの中には、塔の方針に満足しない人も多く居て。その中でもディアナ様に匹敵するくらいの力を持ってるのがそこに居る――」


「五人、なのか」


「僕も詳しくは知らないんだ。“五人衆”が自らやってきて術を使うだなんて。絶対、無理だ。応戦なんか、できるわけない」


 ディアナに匹敵とは、穏やかじゃない。

 ゴクリと大きく唾を飲み込み、籠の中を再度覗き込む。

 ――テラが、変化へんげを解いて、竜に戻っている。羽を広げたまま地面に伏して、狭い籠の中で窮屈そうに転がっている。黒竜の子が心配しているのか、首を何度もテラの身体に擦りつけ、クゥクゥと弱々しい声で泣いているのが見える。

 そして美桜は……、小さな美桜は母親の身体にしがみついて、わんわんと声を上げて泣き叫んでいた。


「仲間か」


 白いマントの一人が言った。俺たちのことを、美幸たちに問い詰めているらしい。


「彼らは関係ないわ。ゲストよ」


 美幸は立ち上がって気丈に答えた。真一文字に結んだ唇に、悔しさがにじむ。


「関係ない割に、我々を威嚇してきた。彼らにも、それ相応の処分を下さねばなるまい」


 そう言うと、言葉を発したのとは別の白マントが、スッと俺たちの目の前に現れた。

 ジークと二人、息を飲んで硬直していると、ふわっと身体が浮きあがった。すうっと、空中を滑らかに移動させられ、俺たちは無理やり鳥籠の前へと連れ出される。

 術を解かれ、草地に尻餅をつく形で落っことされた俺とジークは、白いマントの男たちをゆっくりと見上げた。

 歳は三十代から五十代。揃いも揃って、男たちは冷たい顔をしている。さっきから発言しているリーダー格は四十代くらい。フードの下で、黒い髪をキッチリと整髪剤で固めていた。


「まだ子供だ。サイモン、どうする?」


 俺たちを連れてきた男が、リーダー格に尋ねる。


「子供でも、ディアナの手のものに違いない。彼女が子供を使って、竜をここに連れてこさせたのだろう。大人であれば、容赦なく追求したところだが、子供ではな……。何も知らされず、ただ言付けを全うした、といったところか。まぁ、子供であったからこそ追跡は容易かった。魔法陣にあんなに細かく指示を書き込んでいたら、誰だって簡単にここまで辿り着けてしまうぞ?」


 サイモンと呼ばれた彼は、そう言ってニヤリと冷たい笑みを俺たちに向けた。

 年端のいかないジークは、自分の犯したミスに気付き、歯を震わして必死に首を振っている。


「自分より身体の大きな竜とここへ飛んでくることだけに夢中になって、その方法や後始末など、肝心のことには目が行かなかったようだな。安心しろ。我々が綺麗にしておいた。次にあの場所を訪れる者があっても、ここへ辿り着くことはないだろう。子供とはいえ、きちんと魔法を発動させ、使命を果たしたことは賞賛に値する。さすがはディアナの弟子。基本をしっかりと学べば、力をコントロールできることを知っている」


 褒められているのか、馬鹿にされているのかさっぱりわからない。

 ただ言えるのは、コイツはかなりヤバイということだけ。こういう緊迫した場面で冷静なヤツが、一番怖い。


「バド、そこの茶髪の少年は、記憶を消して街へ戻せ」


 サイモンの言う少年とは、ジークのこと。

 さっきからサイモンの指示で動いていたこの男が、バド。一番年下らしい彼は、無言で頷き、ジークの真ん前に立ちはだかった。


「怖がることはない。忘れるのは我々がここに来たという事実だけ。今見聞きしたことだけだ。ディアナにはきちんと竜を送り届けたと伝えればいい。新しい竜を歓迎し、喜んでいたと」


 バドはそう言って、ジークの頭に手のひらを向けた。小さな二重円の魔法陣が程なくジークの額に現れる。光り、刻まれる文字。為す術もなく、強張った表情でバドを見上げるジーク。

 直ぐそこで泣いている美桜の声が遮断される――全ての音を呑み込むようにして魔法が発動した。ジークの身体がまるで飴細工のように溶けていくのを、俺たちは呆然と見つめるしかない。そしてそれを、一言も喋らず表情も変えず、こともなくやり遂げるバドという男……。ディアナに匹敵するとジークが言ったのもうなずける。

 隣にいたはずのジークの姿がすっかりなくなると、ふいに音が戻って来た。

 再び、美桜のむせび泣く声。黒い竜の小さな鳴き声も耳に入る。

 バドは手を下ろし、


「彼は?」


 と、今度は俺に目を向けた。


「彼と、その黄色の竜は、別枠だな」


 今度は別の男が喋った。一番年上の白髪交じりの男。


「お前も気付いたか、タイラー」


 と、サイモン。


「気付かない方がおかしい。異なった時間軸から飛んで来た、お客様のようだ。彼らを戻してやるとしたら、元居た時間軸へ。迷い込んでしまったのか、意図的に来てしまったのか。どちらにせよ、我々を脅かす存在ではない。が、早急に戻したほうが良さそうだ。さっきの子供より、我々に対して敵意を多く持っている」


 タイラーの鋭い目線が向けられ、俺は思わず背中を震わした。

 待て。

 このままじゃ、ジークみたいに何もしないまま戻されてしまう。それだけは、それだけは避けたい。


「そ、そんなに、責められることをしたのかよ」


 捻り出すようにして出した言葉が、これだった。

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