竜の子3
俺は一瞬、それがどういう意味で、何のことなのか理解できなかった。
「竜との、子?」
「とある竜がね、
「はい……、確か、資産家だとかで」
「その、資産家の兄がね。年はだいぶ離れているらしい。十だか十五だか。その彼が、良くは思わなかったそうだ。肩書きに傷が付くと、ものすごい剣幕で怒られたと、美幸は言った。普通、竜はね、人に興味はあっても、そういう仲にはなろうとしないものなんだよ。深紅もそうだけどね、
当時高校生だっただろう美幸が、“向こう”で生きる場所を失ったのは、想像に難くない。
あどけない少女が、小さな赤子を抱えて必死に堪える――そんな場面が頭に浮かび、胸が締め付けられるような気がした。
「表向き、兄は二人を大事にしたようだ。必要なものは買い与えていたようだし、二人が住みやすいよう、家政婦も増やしたらしい。それでも、孤独に違いはなかったろうね。せっかく進んだ学校も、辞めてしまったと言っていた。美桜と二人生きていくのに必死で、美幸は自分の全てをなげうってしまったんだ。彼女は責められるべき人間ではないと、私は思うよ。禁忌を犯してしまったのだとしてもね。“表と裏の合いの子”は災いを呼ぶと、これはレグルノーラに伝わる伝承のようなものなんだけれど、それを固く信じる連中は、早いとこ美桜を始末したいのさ。彼女がまだ幼く、何の考えも持たぬうちに、息の根を止めてしまえば災いはやって来ぬだろうと。そういう算段さ。市民部隊が美幸と美桜を狙う理由が、これでわかっただろう」
ディアナは最後まで言い終えると、またゆっくりとキセルを吸った。心なしか、その目は涙で潤んでいるように見えた。
「全て……、全て私の責任なの。だから、覚悟はできてる」
唇を噛みしめながら、美幸はゆっくりと身体を起こした。涙に濡れた頬を腕で拭い、鼻を赤く腫らした彼女は、まだ、自分と同じ子供に思えた。
「美桜のためなら、何だってできるわ。あの子が、あの子の未来が続くなら」
奮い立つ、美幸。それがまた、痛々しい。
「森へ行くことは了承で、いいね」
「そう、します。深紅も色々と頑張ってくれたけど、もう限界。外に出る度、ビクビクするのは大変だもの。それに……、それに、“ここ”でも居場所がなくなってしまったら、私たち、どうやって生きていったらいいか。ディアナが、頼りなの。私たちのこと、真摯に考えてくれる人は、他にどこにも居なくて」
「そんなことはない。美幸が気が付かないだけで、誰かがちゃんと見えないところであんたたちを支えているのさ。深紅だってそう。“表”に行くことはできないけど、“こっち”に居るときは無理してでも人間の格好になって寄り添ってくれるじゃないか。“向こう”の家政婦さんたちも、あんたたちが兄に詰め寄られているのを、何とかしてやりたいって、見守ってくれているんだよ。一人じゃないから。大丈夫だからね。それにホラ、そこの少年だって――、未来で美桜を支えてくれている。時空を超えてまで、それを伝えに来てくれたんだもの、あんたは孤独じゃない。孤独だなんて、単なる思い込みだってことに、もっと早く気付くべきだったんだよ」
ディアナの言葉には、重かった。
美幸を守ろう、美桜を守ろうという、並々ならぬ想いが、ひしひしと伝わった。
美幸は、泣いていた。どれだけ涙を出せば救われるのだろうかとでも言いたげなほど、沢山の涙を流し続けた。
まるで幼子をあやすかのように、テラは美幸を胸に抱き寄せ、何度も何度も頭を撫でていた。救われる見込みのない、死を約束された彼女を、どうにかしてなだめようとしているようにも見えた。
「いずれ
と、ディアナは言う。
「“禁忌の子”が居ようが居まいが、この世界は、いずれ滅び行く。永遠など、戯言に過ぎないだろう。ただでさえ世界は不安定なのだ。今でも沢山の“干渉者”が出入りしているんだ、美幸が偶々標的になっただけで、誰がいつ、あの竜の犠牲になってもおかしくなんかなかったんじゃないかと、私には思えてならないんだがね」
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